お願い!嫌にならないで



「何よ! 普通に居るじゃん!」



先程まで憂鬱だとは言っていたものの、やはり仕事は仕事。

準備してきた書類、パンフレット一式を抱えて、車から飛び降りる。



「こんにちは! お世話になっております」



駆け寄って、俺から挨拶してみても、田中さんは挨拶を返してもこなければ、こちらを見ようともしない。

完全なる無視を続けて、煙草を咥えている。

俺は挫けずに、続けた。



「こちらに、いらっしゃったんですね。探しました──」

「何で、あんたがここに居るんだよ」

「……え?」



ここまで露骨に嫌そうな顔をされるのは、俺の人生の中でも、恐らくここくらいじゃないだろうか。

奴の表情も捻じ曲がっていて、大変不愉快そうだ。

しかし、その表情を見た、俺の内心も捻じ曲がってしまって、制御するのに必死なのだ。

何とかしてでも、負の感情を抑え込む。



「そ、そんな。今日、お昼にお約束をさせていただいていたと思うのですが……」



俺が苦笑いをしても、田中さんの表情が変わることはなかった。

それどころか、俺を呆れたように見て言った。



「約束なんか、してましたっけ?」



田中さんが嫌味を込めてきた。

これには思わず、己の表情筋が引き吊るのが、よく分かる。

しかし、これはまだ、怒りではない。

まだだ、まだまだ耐えられる。
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