お願い!嫌にならないで



「すみません。砂に足を取られて、よろけてしまいました」



えへへ、と照れて笑う水野さんの表情と、背中に触れている彼女の手の感触が、俺をまた堪らなくさせる。

ゆっくりと水野さんの方へ、首だけで見ていたのを体ごと振り返る。

向き合ったまま、動きを止めた俺に水野さんは不思議そうな顔をしている。

その黒い瞳に見つめられたら、堪らない。

もう今日まで何度目かも分からない、この焦れったい感覚にとうとう抑えがききそうもない。

俺の右手から靴は落ち、両腕は彼女を包み込むように、抱き締めていた。

彼女の身長は、女性の平均よりもやや高めで、普段から髪を1つに束ねている生真面目な印象で、いざという時には強い人で。

高嶺の花の様な雰囲気で、何となく近寄り難い雰囲気なのに。

実際に触れると、こんなにも華奢で、もう少し力を入れたら壊れてしまいそうな程に、繊細で柔らかい。

今、俺の腕の中で抵抗するどころか、恥じらいながら遠慮がちに俺の肩へと、手を這わせて寄り添ってくれる。

太陽が夕日に変わる境目が、幻想的な雰囲気を醸し出す。

その雰囲気に後押しされて、俺の気持ちも逸る。

水野さんの腰を抱き寄せると、体をびくっとさせた。

それでも、嫌がられていないと確信が持てるのは、突き放されることもなく、ただ寄り添い続けてくれるから。

仕事の最中や、社内だと気が張ってしまって、どぎまぎしてしまっていた俺が、今はほぼ2人きりだと思ったら、こんなにも大胆になれるのかと、我ながら驚く。

堪能しても、まだもの足りない想いのまま、名残惜しいが体を離す。

うつ向く水野さんの頬が、いつもの如く見事な程に染まっていて。

上目遣いで俺を見る瞳は、熱を帯びている、そんな風に見える。

彼女のこういうことを、無意識にしてくるところが狡い。

名残惜しい、と思えるくらいには制御出来ていた俺の欲も、一瞬で打ち砕かれた。
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