お願い!嫌にならないで



水野さんの腕に改めて、手を添える。

この欲深さに嫌がられでもしたら、俺はきっと立ち直れないだろう。

慎重に尋ねてみる。



「キス……しても、良いですか」



水野さんは、目を見開く。

そして、無言で頷いた。

顔を近付けると、水野さんは目をきゅっと瞑った。

その反応すらも可愛らしくて、内心悶える。

唇にも、力が入っている。



「水野さん、そんな緊張しないで。俺まで、緊張しちゃいます」

「だ、だって――」



何かを言おうとした彼女の唇を塞いだ。

声を出そうと開いた唇は、多少なりとも力が抜けたのかもしれない。

伝わってくる彼女の体温に、どうにかなってしまいそうだ。

幸福過ぎて。

とりあえず、あまりにも迫ってしまって、ドン引かれたら嫌なので、これ以上はお預けにする。

急いだら、勿体無い。

水野さんが真っ赤な顔のまま、こちらを一度も見てくれない。

だから、そんな彼女の頭をありったけの優しさで、そっと何度か撫でながら、もう一度だけ抱き締める。



「……すみません。どうしても、我慢できませんでした」

「いえ、辻さんだから良いです……」

「水野、さん……」



そう言って、水野さんは赤い緊張した表情で、俺の背中に手を回す。

だから、こういうところが!

このままでは無限ループで、ここから一歩も動けそうにないので、必死に話題を変える。



「せっかく海に来たんですし、もっと波打ち際まで行ってみませんか!」



すると、水野さんは一瞬止まった後「はい」と笑った。



「辻さん、急に声、大きくなりましたね」

「え、あ、そうですかね! 気にしないで向こうの方、行きましょう!」



俺は照れ隠しに、更に声量を上げた。

そして、水野さんの手を、そっと引っ張る。

いつもなら隣に並んで歩いてほしいと思うのに。

今は、半歩後ろを歩いてくれることが、有り難かった。

顔が燃え上がりそうな程、滅茶苦茶に熱い。
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