お願い!嫌にならないで
「……私、そんなこと聞いてませんけど。場所! どこまで行ったのかってことです!」
「なっ! そんなの分かる訳ないじゃないですか!」
「普通の人なら、分かります! そんなよく見知った人同士のカップルの段階なんて、出来れば知りたくなかったです!」
普通の人って、どんな人ことよ!
これは、あのパターンと同じだ。
アレ取って、と言われて、醤油を手渡したら「違うわよ! オニオンドレッシングよ!」って何故か怒られるのと同じだ。
言う必要のなかったことを暴露させられて沸き上がる、この怒りなのか何なのかよく分からない感情を、一体どこに打つければ良いんだ。
俺よりも先に、溜め息を吐いた中谷さんはこちらを鋭く睨み、再び問う。
「で? それは、水野さんの了承の上で、なんですか?」
「もちろん! 口頭で確認しましたよ!」
自信満々に答えた俺に、ますますドン引いている。
「キスする前に、わざわざ聞いてくるんですか? やだ、鳥肌…………」
「じゃあ、どうしろって言うんですか!」
ギャーギャーと言い合ったところで、埒があかない。
いつまでも続いてしまいそうなので、無理矢理に切り上げる。
「もう……。そろそろ事務所、入りましょうってば。俺、明日、持っていく見積書作りたいんですよ」
「自分にとって、不利な状況になったから、逃げるんですね」
「逃げも、場合によっては、立派な戦略です。切り抜けるための」
俺の言うことを少し小馬鹿にしたように「ふぅん」と鼻を鳴らす。
それも受け流して、2人各々営業車の中を片付けて、事務所へ戻ることにした。