お願い!嫌にならないで



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見積書やその他の書類を作成し始めて、早くも1時間が過ぎようとしていた。

そろそろキリが付きそうなところで、パソコンの電源を落とす。



「今日はほとんどが、直帰なんですね」

「みたいですね」



中谷さんは画面に視線を落としたままではあったが、返事をくれた。

事務所に残っていたのは、中谷さんと黒縁メガネの菊池くん(5ページ参照)そして、俺の3人だけだった。

真剣な顔の2人を邪魔しないようにと、身の回りを静かに片付ける。

その時だった。

固定電話が突然、鳴り響いた。

静かな空間で鳴ったからか、嫌に響いて聞こえた。

気のせいだと思いたい、けど。



「いいですよ。俺、出ます」

「あ、お願いします」



キーボードを叩きつつ、受話器に手を伸ばしていた中谷さんの代わりに、受話器を取る。



「はい。エースワン株式会社です」

『あ、すみません。花川産業の堤と申しますが』

「はい。お世話になります」



受話器の向こうから聞こえてきたのは、物腰柔らかそうな男性の声だ。



『あ、あの、そちらに水野さん、いらっしゃいますでしょうか』

「申し訳ございません。只今、不在でして、本日は戻りません」

『あ、そうなんですか……いや、あの、本日の19時半頃には、水野さんに来ていただくお約束だったのですが、まだいらっしゃらなくて』

「え……」

『明日、朝一の打ち合わせで必要な、書類とサンプルを受け取るお話をさせていただいていたんです』



胸がざわついた。

『今日中に、この書類とサンプルが欲しいって、仰るので』

確かに、廊下で話したとき、水野さんはそう言っていた。

アレのことに、違いないのに。
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