お願い!嫌にならないで



「田中さんの為なんかじゃない。大切な人の為に、話し合おうって言っているんだ」



そう言う俺に、奴は信じられないと言う表情で居る。

意味が伝わってしまったのかもしれない。

奴の手を払うように、離す。

逃げたら逃げたで、それでも構わない。

また、しつこく通えばいい。

ただ、ここで暴れられたら困る。

本当の大乱闘が始まったりなんてしたら、大事になる。

周りに迷惑をかけてはいけない。

不機嫌極まりない表情で、こちらを睨む奴は危険だ。



「とりあえず、外へ出ましょう」



水野さんを見ると、未だに手を擦っている。

俺が歩み寄ろうとすると、彼女の肩が一瞬、強張った。

それに少しだけ傷付いたが、そんなこと考えてもいられない。

彼女はもっと、これの何億倍も怖い思いをして、傷付いてきたのだから。

ゆっくりと近寄る。



「少し、触れます」



水野さんの肩を努めて優しく抱き、外へと促した。

奴の居る後方に気を付けつつ、ゆっくり歩く彼女に歩幅を合わせる。

上から見た彼女の表情は、上手い具合に流れる髪で見えなかった。

そして、思うのは、俺の手が彼女に触れたときも、体をビクリとさせたこと。

こんな思いをさせるのは、終わりにしたい。

外に出ると、水野さんが俺を見上げた。

邪魔していた髪から、やっと見えたのは眉を下げた自信無さげな表情。

何かを言おうとして、動きかけた彼女の口元に人差し指をそっと添えた。

瞬時に、察することが出来たから。



「……水野さん。謝るのは、ナシですよ」



俺の勘は、見事に当たったようだった。

小さく驚いている。



「だって、何も悪いことはしてないじゃないですか」
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