お願い!嫌にならないで
「…………田中さん」
「まり…………? やっと、俺の気持ち、分かってくれたのか?」
「田中さん。今まで、すみませんでした」
「まり──」
「今まで…………期待させるような態度をとって、すみませんでした。私に全く、その自覚がなかったが為に、こんなにも辛い思いをさせてしまっていたんですね」
奴が水野さんを、じっと見つめる。
水野さんの表面上だけでは、はっきりしている声。
俺には地面にぐっと踏ん張っていて、明らかに無理をしているように思えた。
落ち着かない、不安な気持ちで見守る。
「……辛辣なことを言うようですが。私、あなたに恋愛感情なんて、少しもありません。もちろん、今も。ただ……お客様に接する田中さんの姿には、同僚として好感が持てました」
水野さんの緊張が、4・5歩も離れたところにいる俺にまで伝わってくる。
それを落ち着けるための彼女の深呼吸までもが、よく聞こえてきた。
淡々と話しているように見える水野さんを前に、奴は言葉を失っている。
「話し方も態度も……端から見ていても分かるくらいに、何もかもが不器用で。お客様から勘違いされることなんて、しょっちゅうで。それでも、他の人のやり方を見たり、実用書読んだりなんてして、熱心に勉強してましたよね。私、そこだけはあなたを見習っていたんです」
水野さんは、すっかり静かになった奴に、穏やかに淡々と話し続ける。
奴は、少しずつ目を伏せていった。