お願い!嫌にならないで
「……水野さん?」
心配になった俺が小さな声で呼び掛けると、肩をびくりと揺らした。
すると、水野さんは振り返らず、俺よりももっと小さな声で言った。
「やっぱり辻さんって、凄い……ですね」
耳を澄ませなければ、聞こえるか聞こえないかというくらいの声。
しかし、確かにそれは聞こえた。
俺が突然、言われた言葉に戸惑うと、水野さんは既に奴を真っ直ぐな視線で捉えていた。
何故かしら、泣きそうな表情でいる。
彼女と奴が見つめ合う時間が、とにかく妬ける。
モヤモヤする気持ちを抑えきれなくて、車道へ視線を逃がした。
「田中さん」
「………………そんな顔で、見ないでくれよ」
「私があなたの顔を、まじまじと見るのも、これが最後です。本当は……今も怖くて堪らない」
「怖い……? 俺が?」
わざとではなく、本当に自覚が無かったのだと、今更ながら驚き、呆れる。
流れていくテールランプの赤を目で追いながら、そう思っていた。
「そんな。俺はただキミを──」
「もう、やめてください。本当に怖くて、眠れないくらいです。こんな思いをさせられたので『私のこと気になってくれて、ありがとう』なんて、絶対に言いません」
水野さんに言われた奴は、ようやく覚ったようで、呆然としていた。
その様子を、水野さんも分かっていた。
その上で、彼女がもう一言を発する。
「だから……こんな酷い女は忘れてしまって、あなたの良いところをちゃんと見てくれる人を見つけてください」