お願い!嫌にならないで



気味が悪い。

はだけたシャツを直して、急いでこの場を去ろうにも、動揺して手元が震える。

急げば急ぐほど、ボタンを留めることさえ儘ならない。

ええい! もう良い!

身なりなんか、外に出て、直せば良い!

そう思い、ソファに立て掛けてある鞄だけ取りに行こうとしたとき。

ソファの横に、入ってきたときには無かったものが増えていることに気付いた。

俺の寝ていた、頭側だ。

黒い何かが、丸まっているように見える。

それが何なのか、分からない。

だから、余計に怖い。

恐る恐る近付くと、だんだんそれが何か分かってきた。



「うわぁぁぁっ、人っ?! え? 人!」

「つ、辻さん、おち、落ち着いてっ」



そこに、しゃがみ込んでいた人は、おずおずとこちらを振り返り、立ち上がった。



「あ……あ…………なんだ」



水野さんだった。

良かった、てっきりこの世の者ではないものだと思っていたから、良かった。

ホッとして、その場で座り込む。

すると、水野さんも目線を合わせて、しゃがんでくれる。

ああ、これって、会議室で水野さんに告白されたときの状況に似てる。



「ふぅ……良かった。水野さんで」

「勝手に入って、すみませんでした」

「いえ、それは良いんですけど…………あっ、そう! そう言えば、 水野さん。ここへどうやって入れたんですか」

「どうって……鍵が開いていたので、無用心だなって思って」



言われてみれば、確かに締めていなかったかもしれない。

扉を閉めただけで、ソファに座ったら、直ぐに倒れ込んでしまったような気がする。

本当だ、俺、鍵は締めてなかった。

気が動転して、自分を正当化しようとしていた。



「ありがとうございます。あ。あと、これも……」



白いフェイスタオルを手に取り、水野さんへ見せた。
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