お願い!嫌にならないで
「少し落ち着いた感じがする」
顎に触れながら、小池部長は言う。
俺が今、気まずく思っている、この感情を読まれているのだろうか。
これ以上、表に出してはいけないと、愛想笑いで乗り切ろうとした。
しかし、容赦無く、小池部長が続ける。
「まさか。あの辻が大人しくなるほど、オギさんに苛められてるのか? 可哀想に」
オギさん? と一瞬思ったが、何となく小岐須部長のことだと察した。
それはさておき、苛められてなどいないと否定をしようとした時、小岐須部長が笑いながら間に入ってくる。
「失礼だな。営業は心理戦だから、どんな奴だって慎重になるんだ。な? 辻」
「え、あ……は、はいっ!」
「慎重か……辻が一番苦手な分野だな。俺が送り出しといてなんだが、しんどかったら戻って来ても良いぞ」
そんなことをまた言いながら、声を出して笑う小池部長の姿は冗談だと分かっている。
だから尚更、堪えてしまう。
場の雰囲気を壊さないように、合わせて笑ってみせても多分、今、俺は上手く笑えていないんだろう。
口の端が引きつっている感覚がする。
別に小池部長のこと、今でも嫌いではないはずなんだが。
ひどく緊張していた。
その時、小岐須部長が俺のことを、視線だけで覗き見ていたことに気付く。
俺と目が合うと、ゆっくりと視線を逸らされて、小池部長に向き直る。
「池やん。冗談でも、そんなことを言うのは止してくれ」
そして、小岐須部長が俺の肩に手を乗せた。
あまりに突然で驚き、部長を見る。
その表情は至って真剣で、真っ直ぐ小池部長を見据えていた。
「辻は、確かにまだまだ至らないことばかりだが……うちには必要な戦力だ。今更、返す訳ないだろ」