お願い!嫌にならないで




「辻さ──

「お待たせ致しました」



水野さんが俺に何か声をかけようとしてくれたとき、奥から男性が一人現れた。

長身で、スーツを着ている。

髪型は短髪……と言うよりは、もはや坊主頭。

いや、それは言い過ぎかもしれない。

所謂、スポーツ刈り。

爽やかな印象の男性で、俺は好感が持てそうだ。

しかし、水野さんはそうではないらしい。

徐々に水野さんの顔が、強張った、作られた笑顔になっていく。

やはり、この2日間、隣で見ていても、何となくわかる。

初対面の相手でも、柔らかい表現をする人なのだと。

──おかしいな。水野さん、ここへ入る前には、この会社は「新規」のお客様だと言っていたのに。顔見知りなのだろうか?

俺が横目で水野さんを見ている間にも、作られた笑顔が少しずつ青ざめている。



「お世話になります。私が田中です。先日は、ありがとうございました」

「突然の訪問、申し訳ありません。こちらこそ、ありがとうございました。また何かございましたら、ご連絡ください。今後とも、よろしくお願い致します。それでは、これで──

「いえいえ。俺は貴女に会えて嬉しいですよ」



必要最小限の仕事上の台詞を、機械の様に早口で話していた水野さんを、田中さんという男が一言で静止させた。

俺は、思わず「え」と短く漏れた。
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