お願い!嫌にならないで
田中さんという男は、間抜けな顔で居る俺に目もくれず、水野さんと距離をつめる。
水野さんは半歩、後ずさる。
明らかに、ただならぬ雰囲気だ。
「何だか、他人行儀ですね。傷付くなぁ」
水野さんは不自然な笑顔を、更に引きつらせている。
「本当に会いたかったんだよ」
「そ、それは……どうも」
「まり……」
「……っ!」
水野さんの様子が、一変した。
水野さんが、恐怖を抱いている。
下の名前で呼ぶ『彼氏気取り』
水野さんの動揺っぷり。
普段、勘の当たらない俺でも、誰でもわかる。
奴が噂の『ストーカー野郎』だ。
一瞬、無音の空間になった。
そこを狙って、俺は話題を全く関係のない方向へ変える努力をする。
「お取り込み中のところ、失礼しますが…
私、この度、営業部に配属されました、辻 泰孝と申します」
俺がおずおずと前に出て、水野さんを庇うように、間に割って入る。
すると、田中さんもとい『ストーカー野郎』の奴は、俺の顔面を確認しているようだ。
まるで骨董品を見定めるかのように。
そのあと、口角を上げ、笑顔を作った。