お願い!嫌にならないで

水野さんは、声も出ない様子だった。

彼女の代わりに俺が、相手をしてやる、そう思って、一歩前に出た。



「……田中さん?でしたね、たしか」

「どうも、こんばんは」



かろうじて、奴の名前が出てきた。

俺の中では、奴は「ストーカー野郎」でしかない。

それ以上でも、それ以下でもない。

奴は爽やかでいて、違和感のある微笑みのままでいる。

そもそも待ち伏せしていたのか?

薄気味悪い。



「どうして、こちらに?もしかして、何か御用でしたか」



俺が問いかけたところで、やはり奴はまともに応えもしない。

俺には微塵も関心が湧かないのだろう。

先日、初めて顔を合わせた時点で、そんなことは分かりきっていた。

奴の関心はただ一つ、水野さん。

今だって、奴の意識は水野さんにしかいっていない。

先ほどから、俺の後方ばかりをチラチラと見ている。



「あの……生憎ですが、本日の営業は終了致しましたので──

「今まで、二人で仲良く残業していたんですか」

「はい?」

「俺と二人きりは、あんなに嫌がったのに」



そう言った奴は、 水野さんをじっと見つめる。

自覚が無いのか?

彼女に嫌悪を抱かれているという、その自覚が。

彼女も大変迷惑しているのだ。

本来なら首を突っ込むべきではない俺も、一言余計なことを言ってやる!
< 34 / 239 >

この作品をシェア

pagetop