お願い!嫌にならないで
変な焦りを、ビールで流し込む。
すると、中谷さんが守る彼を押し退け、水野さんの方へ少し寄る。
目線は部長だ。
「部長。辻さんは大丈夫なんですかー?また女癖の悪い人なら、堪ったもんじゃありませんよ。また水野さん、ストーカーされて泣かされちゃったらどうするんですかー」
「彼は人前で、こんなにおいおい泣ける奴だぞ。純粋以外の何者でもない。大丈夫だ」
部長、それは、誉めてくださってるんですかね?
というより、この話題は放っておけない。
「あの、ストーカーって…どういうことっすか」
「今、辻さんがとりあえず埋めてくれている穴を、作っていった人ですよー。とにかく水野さんへのセクハラも、ボディタッチもすごくて」
中谷さんに続き、茶髪の彼が先程までの険悪な感じは一切無くなり、俺に普通に接してくる。
「そうそう。あんまりにも酷かったんで、一回だけ顔面にグーパンチしちまったこともありましたね。それでも懲りないっていう。
あと、あれですよね。プライベートでも随所で待ち伏せされてたんですよね。で、知らずに家までつけられて。で、結局、水野さんは引越しまでする羽目になったんすよ」
「とんでもねぇ奴だな…………」
そんなことをして気持ちが伝わるなんて、普通なら思わないだろ。
そして、何より自分が惚れた女を泣かせるなんて、俺ならできない。
水野さんの表情が気になり、そっちを見る。
目が合うと、彼女は苦笑いをした。
「あの……この話題は、もう止しませんか」
水野さんの瞳の奥にある重苦しそうに蠢く何かに、思わず黙るしかなかった。
「あ、ごめんなさい……私、ついあの人に腹が立って…」
「すんません。俺もつい……」
「いいの。あきちゃんも、山本くんも悪くないから」
部長が水野さんの方を、心配そうに見ている。
「とりあえず、こういうことがあった、それだけを辻くんに知ってもらえて、良かったんじゃないか?もし、彼が君に気を持っても、君を悲しませないようにと努めてくれる」
「な、辻くん」と俺に念を押してくる。
やめてくださいよ、部長。
何でばれてるんだ。
変な汗が背中を伝う。
「あ、俺は大丈夫です!へ、変な気は起こしませんから!安心してくださいっ!」
と、笑っておいた。
しかし、その直後、水野さんは「ちょっとすみません」と個室を出ていってしまったのだ。