お願い!嫌にならないで
「あれ、もしかして俺、何か怒らせるようなこと、言っちゃった……?」
「わ、本当に辻さんって、純粋なんですねー」
中谷さんが、俺を指差す。
「女の気持ちは、いつだって複雑だからな。気にしなくていい」
部長は、俺をまた慰める。
俺がからかわれたり、慰められたりしたのは、きっと自身の内心が表立ってしまっていたからなんだろう。
出ていった水野さんを、追い掛けようとしてしまった。
その姿を見たから、みんなが茶化したり、止めたりした。
「今日の主役は君なのだから」と言われては、この個室からは出難いが。
それでも、俺は……
「すみません!ちょっとお手洗い行ってきます。今日の朝から行ってないんで!」
居ても立っても居られなくなり、個室を飛び出した。
とりあえず、辺りを見回したり、少し店内を歩いてみたが、姿は見当たらない。
しばらくしてから、そこではじめて気付いた。
水野さんが、ただトイレに行っただけのことだとしたら。
俺がもし、トイレの前で出待ちをしたとしたら。
「さっきの話のストーカー野郎と、俺、変わらねぇじゃねぇか……」
一人で導き出した答に、一人で落ち込む。
顔を上げたとき、不意に店の窓の外に人影が見えた。
それは間違いなく彼女の後ろ姿のような気がして、迷わず外へ出た。
「水野さん……!」
「……辻さん?」
扉を開けて、すぐのところに水野さんは立って居た。
彼女は少し目を見開き、しばらく俺を見ていた。
拒否されるだろうか。
そんなことは、嫌だ。
「水野さん!さっきは、すみませんでした。営業部に異動させられて直ぐ、ほぼ新人の分際で、首を突っ込んでしまって…」
俺は謝罪のために、また勢いよく頭を下げる。
「やだ…そんな、顔を上げてください。辻さんは何も悪くないじゃないですか。むしろ、こちらこそごめんなさい。せっかくの初日から、気分の悪くなるような話を聞かせてしまって、すみませんでした」
「俺は大丈夫です!それどころか、気になって、気になって…
って、こうやって首を突っ込むから、気分を害されるんですよね!すみません!」
「気分は悪いです」
「え」
水野さんの目線は、夜空を見上げていた。