お願い!嫌にならないで



「あれ、もしかして俺、何か怒らせるようなこと、言っちゃった……?」

「わ、本当に辻さんって、純粋なんですねー」



中谷さんが、俺を指差す。



「女の気持ちは、いつだって複雑だからな。気にしなくていい」



部長は、俺をまた慰める。

俺がからかわれたり、慰められたりしたのは、きっと自身の内心が表立ってしまっていたからなんだろう。

出ていった水野さんを、追い掛けようとしてしまった。

その姿を見たから、みんなが茶化したり、止めたりした。

「今日の主役は君なのだから」と言われては、この個室からは出難いが。

それでも、俺は……



「すみません!ちょっとお手洗い行ってきます。今日の朝から行ってないんで!」



居ても立っても居られなくなり、個室を飛び出した。

とりあえず、辺りを見回したり、少し店内を歩いてみたが、姿は見当たらない。

しばらくしてから、そこではじめて気付いた。

水野さんが、ただトイレに行っただけのことだとしたら。

俺がもし、トイレの前で出待ちをしたとしたら。



「さっきの話のストーカー野郎と、俺、変わらねぇじゃねぇか……」



一人で導き出した答に、一人で落ち込む。

顔を上げたとき、不意に店の窓の外に人影が見えた。

それは間違いなく彼女の後ろ姿のような気がして、迷わず外へ出た。



「水野さん……!」

「……辻さん?」



扉を開けて、すぐのところに水野さんは立って居た。

彼女は少し目を見開き、しばらく俺を見ていた。

拒否されるだろうか。

そんなことは、嫌だ。



「水野さん!さっきは、すみませんでした。営業部に異動させられて直ぐ、ほぼ新人の分際で、首を突っ込んでしまって…」



俺は謝罪のために、また勢いよく頭を下げる。



「やだ…そんな、顔を上げてください。辻さんは何も悪くないじゃないですか。むしろ、こちらこそごめんなさい。せっかくの初日から、気分の悪くなるような話を聞かせてしまって、すみませんでした」

「俺は大丈夫です!それどころか、気になって、気になって…
って、こうやって首を突っ込むから、気分を害されるんですよね!すみません!」

「気分は悪いです」

「え」

水野さんの目線は、夜空を見上げていた。
< 9 / 239 >

この作品をシェア

pagetop