君の涙を拭いていいのは、僕だけ。【短編集】
「あの人の、どこがそんなに好きなの?」
「はは、それ、よく聞かれるの」
僕の問いに彼女は、やっぱり痛々しく笑う。
無理して笑ったその表情も、あの人を想っての表情なのだと思うと、苦しくなる。
「あのね、あの人はいろいろ考えてるんよ。家庭が複雑だから、愛に飢えてるんだと思う。だから、私がそばにてあげたいんよ。ほんと、ちょっとケチだけど、優しいんよ。」
でも、あの人の優しさは誤解されやすいんよね。
彼女は、顔を上げた。
僕は何も言えなくなる。
あの人には、本命の、公認の彼女(ヒト)がいる。
もちろん彼女だって、それを知っている。
それでも、彼女は、自分があの人の何番目の女なのか分かっていて、それでも好きでいるのだ。
そんな男、やめてしまえばいいのに。
そう思うけど、僕だって同じだ。
僕のことを絶対に恋愛対象として見ていない彼女のことを出会ってからずっと、好きでいるのだから。