君の涙を拭いていいのは、僕だけ。【短編集】
「いつも、泣いてばかりでごめんね。」
彩香は泣き止んでいて。
でも、目は腫れているし、鼻と頬は赤い。
泣いていたことは明らかだ。
「泣きたいだけ、泣いたらいいよ。ストレスは溜めない方がいい。」
僕たちは、暗い車内にいる。
彼女を直視できなくて、運転席に座る僕は、助手席に乗せた彼女と隣り合わせのこの距離に、角度にホッとしているのも本当のことだった。
夜の暗い海が見える国道の路側帯に車を停め、彼女の言葉を聞いていた。
「航(わたる)はこんなに優しくて、面倒見もいいのに、なんで彼女ができないんだろうね」
少し落ち着いたのか、彼女は独り言のように言う。
「そんなこと、彩香からしか言われないよ。」
「本当のことなんだけどな。どれくらい彼女いないの?私と出会ってまだ1年くらいだけどいたことないよね?」
「高2の時に別れて以来かな」
「じゃあ、もう4年?!意外!」
彼女は僕の答えに楽しそうに笑う。
「僕も今、自分で言ってびっくりしたわ。長いな。」
「航は、彼女ほしくならないの?」
欲しくない、と言ったらウソだ。
でも、僕が欲しいのは、お前なんだよ。
気付いて欲しいような、欲しくないような。
そんな僕の気持ちを全く知らない彼女は罪だ。
「うーん」
僕は答えをにごす。
「私、最初に航と話した時、この人、いい人なんだろうな、この人の彼女は幸せだろうなって思ったもん。」
「そうなん?!」
そんなの初耳だ。
「ほんと。絶対浮気なんてしなさそうって思ったし。」
「じゃあ、彩香が僕の彼女になってよ?」
「え。・・・じゃあ、って何よ?」
彼女は冗談だと思おうとしたのか、無理やり笑ってそう返してきた。
「いや、本気だから。」
「でも、私には学人さんが」
「僕、最初会った時から彩香のこと」
「嘘だ!だって最初は私のこと「浮気されてるかわいそうな女」とか思ってたんでしょ」
彩香の目にはうっすら涙が浮かんでいた。
「たしかに。最初紹介される前にその話は聞いてた。でも、会って、話して、思ったんだよ。
その笑顔も、涙も、全部俺のためだったらいいのに、って。」
彼女の涙は、重力に逆らえず、一粒、また一粒、落ちていった。
「私、好きな人に浮気されるような女だよ?」
「俺は、浮気なんてしないよ。彩香だけだから。」
彼女を、抱き寄せようとした。
でも、彼女は抵抗する。
だから。