あのとき離した手を、また繋いで。
鮮やかな浴衣を着たマネキンたちが並ぶ場所に桐生くんが進んでいく。
「好きなの買ってやるよ」
「い、いいよ……自分で、買う」
「先月バイト頑張ったから俺。浴衣ぐらい買ってやれる。この黒いやつなんか極道みたいで似合うんじゃね?」
桐生くんって、どこまで私のことを好きで、想ってくれているんだろう。
時々彼の底知れない愛情に目眩がする。
私もそれぐらい彼のことを想うことができたら、いいのに。
「あんた、私のことなんだと思ってんのっ」
「ふはは、冗談だって」
「もうっ」
笑えてる。笑えてるよ。
君が。私が心から好きな君も、私の知らないところで私じゃない女の子のとなりで笑っているんだろうけど、私だって。
君の知らないところで、男の子と笑ってるんだよ。
もう、どうでもいいのかな。
私のことなんて、もう好きじゃないのかな。
あのとき私たちは想いあっていたのに別れを選んだ。
抗えない現実に、そうするしかなかった。
大切なものが多すぎる君の重い荷物が減るなら……ってそう思った。
ふとしたとき、君はなにをしているんだろうって考えるときがある。
学校でたまに君を見かけると、とても心配になる。
底抜けに明るかった君の笑顔が曇っている気がしていたから。
もしかしたら、黒木さんと一緒にいて、幸せじゃないのかなって、考えちゃうんだよ。
すべてを確かめる術はもう私にはないのだけど。
そしてたぶん、私たちはこのまま交わることなく、同じだけ流れていく時間のなかで違う思い出を重ねて離れていく。
きっと、そういう運命のなかにいる。
あのとき手を離した時点でこうなることは決まっていた。
それをわかったうえで手を離した。
遠くなる君の背中を追いかけることも出来ずに、私は背を向けて、君とは違う未来へ進んでいくんだ。