あのとき離した手を、また繋いで。
悲しげなかすれた声。頭を何度も撫でられる。手つきは優しい。前、強引にキスをされたときの不器用さがない。
イタズラしようと企んでいたのに、瞼を開けるタイミングを完全に失ってしまった。
愛されていることに喜びを感じないわけじゃない。むしろ嬉しい。こんな私を想ってくれて、とても有難いけど、申し訳ない。
どうして気持ちってコントロールできないんだろう。自分のものなのに。
彼への気持ちを捨てて、桐生くんへ想いを寄せられたらどんなにいいか。
何度願っても、叶わない。
眠れない夜に思い出すのは、夏希の笑顔と、楽しかった思い出。
苦しかった時間のほうが多いのかもしれないけど、それでも私は忘れられない。
夏希と恋をしていた季節を。
そのあと私はいかにもいま起きましたよと言わんばかりにそれらしい欠伸をしながら起き上がった。
そして先ほどと役割を交換して約2年間明るく保持していた髪の毛を桐生くんに黒く染め上げてもらった。
髪の毛は一度だけじゃ綺麗な黒は定着せず、何週間か経つと自然と明るくなっていった。
それはまるで、夏希のことを忘れようとして、でも、忘れられない私の心のようだった。
髪の毛が明るくなる度に私たちは桐生くんの家でお互いの髪の毛を染めあった。
黒髪になって数日後には、約束通り花火大会にもふたりで行ったのだが、関係に進展はこれといってなかった。
そのまま私たちは仲の良い友だちを続けながら夏休みを終えた。
センター試験のことで頭をいっぱいにして、恋のことはいったん忘れることにした。
2学期が始まってすぐ、夏希と廊下ですれ違ったとき、立ち止まりそうになったが無理やり足を前に動かした。
夏希は目を見開いてなにかを言いたげに立ち止まっていたけど、一方的に無視をした。
たぶん、黒くなった髪の毛についてだろうと簡単に予想はついた。
それでも私は夏希とそんなちいさなことで会話する気持ちにはなれなかった。
話し終えたあとの心のダメージを考えたら、無視することが最善策に思えたからだ。
そして暑い夏は終わり、寒い冬が訪れて新年を迎えた。
とうとう迎えたセンター試験は駆け足で通り過ぎ、結果は無事合格。
春から志望していた大学に通えることが決定した。
そのときあたりに風の噂で夏希は就職の内定を夏頃にもらっていたことを知った。
これで春から私たちは完全に別々の人生を歩むことが確定した。