あのとき離した手を、また繋いで。
だから泣かないで、笑ってほしい。
そのあと帰宅して、ふたりで待ち合わせをしてから手を繋いでみんなの待つカラオケ屋まで向かった。
私たちのことに気づいたクラスメイトたちからはめちゃくちゃ囃し立てられたし、からかわれたりしたけどみんな桐生くんの気持ちは知っていたので"おめでとう"と言ってくれた。
水無瀬くんの清水さんにも祝福されて、私は久しぶりに心から笑えた気がした。
ようやく前に進めたのだと、そう思ったのだ。
***
大学生になって半年が経った頃、水無瀬くんと清水さんは無事にカップルになった。私の培った努力が実ったというわけだ。ふたりに言うと「それはない」と言われてやれやれと笑った。
だけど現実は自分が思っているほど、順調には進まないらしい。
時々泣きながら目を覚ますときがある。
夢を見る。夏希と付き合うことになったあの日のことを、まるで時間を遡って追体験しているみたいにリアルに感じる夢を。
あの海の波の音が耳について離れないのだ。
全然ダメだった。
会えなくなったって、忘れられるわけじゃなかったみたいだ。
水無瀬くんたちの恋は上手くいっても、恋人になった桐生くんと仲良くしていても、心のなかにいる彼の存在が枷となる。
とことん未練がましい自分が、心底嫌になる。
どうしてこんなに好きなの?
どうしてこんなに忘れられないの?
どうしてこんなに会いたくなるの?
私じゃない女の子のとなりで笑う、あの人に。
どうしてこんなに焦がれてしまうのだろう。
私のとなりには、私のことを世界でいちばん大切にしてくれる男の子がいるのに。
そんなときだった。家に一通の手紙が届いたのは。
暑い夏はあっという間に通り過ぎ、過ごしやすい季節となった10月。
ポストの中から取り出した真っ白な便箋。
差出人の名前を見て目を見開いた。
"黒木めぐる"
口の中がカラカラに乾く。
その場ですぐ中身を見る勇気がなく、自室に戻って封を切った。