あのとき離した手を、また繋いで。
ずっと待たせていた。
私から、恋人になってと言ったのに。
ちゃんと好きになるはずだった。世界でいちばん、好きになろうって思っていた。
「本当は嫌だ、行くな、俺のところにいろって言いてぇんだけどな」
「桐生くん……」
「泣くな。それでいいんだよ。お前の本心、教えてくれてありがとう。知らないままでいなくてよかったよ」
「どうしてそんな風に言ってくれるの……っ」
「お前が本当に好きだからだよ」
桐生くんが私の頭に手を置く。
「高校んとき学校で流れてた噂、半分は当たってた。両親離婚して、やさぐれてて、毎日誰かと喧嘩してたし、女も、とっかえひっかえしてた。誰かを好きになることなんてなかったし、どういうことか知らなかった」
高校のときのことを思い出す。
あのときは私と同じようにデタラメな噂を流されている被害者なんじゃないかと思って、そういう目で見ないように努力をしていた。
「でもお前のことどうしようもなく好きになって、俺は変わった。母親ともうまくいくようになったし、人に優しくできるようになった。全部、お前のおかげだ」
もらってばっかりだった。
桐生くんには、感謝してもしきれない。恩を返しても返しきれない。そう思っていた。
「大丈夫、お前には感謝してる。お前といた時間は俺の宝物だよ。だから、行ってこい。緑川んとこ」
「桐生くん」
「俺のことはいいから」
ゆっくり頷いた。
すると「いままでありがとう」と桐生くんが言った。また、涙が溢れた。
さよならはいつだって悲しい。
ありがとう、桐生くん。桐生くんがいたから私はもう一度恋をしようと思えたんだよ。
本当に、ありがとう。