あのとき離した手を、また繋いで。
エピローグ
前に訪れたことのある夏希の家は、もぬけの殻になっていた。卒業のタイミングで引っ越してしまったらしい。
そして水無瀬くんから聞いた就職先には夏希はいなかった。
社員の方に尋ねると、一身上の都合で入社3ヶ月で退社したのだと訊いた。
夏希がいまどこにいてなにをしているのか、誰にもわからなかった。
その日私は電車に乗った。それはもう二度と乗らないと決めた車両だった。流れゆく景色がだんだんと田舎の風景に移り変わる。
秋にここへ来るのは初めてだ。赤と黄色の紅葉がとても美しい。
目的地の駅で下車した。鼻を通り抜ける空気が美味しい。
最初に訪れたときから数えると、2年半の月日が流れていた。
上履きで歩いていた道を今はすこしヒールのあるパンプスで歩く。それだけで過ぎ去った月日の流れを感じた。
しばらく歩いていくと、波の音が微かに聴こえてきて、耳をすませた。
空の青さと海の青さが混じり合う境界線が見える。
太陽の日差しで水面がキラキラと輝いている。まるでなにかの宝石が散りばめられているみたいだ。
石の階段を上がり、ようやく海に辿り着く。
潮の香りが鼻をかすめる。
瞳を閉じればすぐそこにはあの頃の私たちがいるように思える。
笑いあって、ずっと一緒にいると信じて疑ってなかった。
確かあのとき私たちが腰を下ろしたところは……。
「…………」
目線で追った先。
見覚えのある背中があるのが見えて胸を締めつけられる。
砂浜に足を踏み入れると、柔らかい砂に足元がふらついて歩きにくい。
だけどいまはそんなことよりも早くあそこに行きたい。
となりに立って、ゆっくり腰をおろした。
「……モナ?」
「探したよ」
夏希、夏希、夏希。
君の名前を心のなかで何度も呼んで、叫んでいた。