あのとき離した手を、また繋いで。
ぎゅっと彼の腕を掴む手に力を込めた。
慣れてないつくり笑いをした。
これ以上夏希に迷惑をかけるわけにはいかない。
なんの関係もない夏希のイメージまで下げるわけにはいかない。
「……んだよ、それ」
怒ったような声色。
夏希の大きな垂れた目が、鋭くなっていた。
「そんなことに慣れんなよ。もっと自分を大切にしろよ」
「いいんだよ、しょうがないんだよ。広がった噂はもう消せないんだから」
そう、もう、消せない。
私はエンコーをして、不倫をしている最低な女の子なの。
そのイメージはどうやったってもう払拭できるほどの小さなものではない。
「本当の私なんてもうどこにもいない……っ」
本当の私を知っている人なんて、もうどこにも……っ。
「モナは、ここにいる」
夏希が真っ直ぐに私を見る。
私が握っていない方の手が私の目元に伸びてきて、指がこぼれ落ちる涙を拭う。
「俺は知ってる。モナが本当はどんな顔で笑うのか。学校に遅れそうになってても人に道を聞かれれば優しく案内だってできるもんな」
目の前の彼がなんの話をしているのか、すぐには理解できなかった。だけどすこしの間を開けて記憶が刹那によみがえる。
もしかして入学してすぐ、私が遅刻しそうになっていたときにお婆さんに道を聞かれたときのことを言ってる……?
あのとき、確か口で説明しても通じなくて、聞かれた場所までお婆さんを案内したんだよね。
夏希はその一部始終を見ていたの……?
「もうこんなことで泣かせたくない、モナのこと。俺が全力で守りたい」
こちらが握っていたはずの手を、今度は彼が掴んで、握る。