あのとき離した手を、また繋いで。
背伸びをして澄んだ空気を肺いっぱいに吸い込んだあと、それらをすべて吐き出した。そしたら自分の中の毒素まで吐き出せたような気がして、気持ちがいい。
なんだこれ、クセになりそう。
「ちょっと歩こう」
「うん」
砂埃が舞う道を進む。長閑な空気感に、またさらに荒んでいた心のとんがりが丸まっていく感覚。
初めて訪れた土地で気ままに、どこへ行くとか目的地なんかなく、揺蕩うように歩くこの時間。
陽射しが暖かくて、心地いい。
青空がこんなにも綺麗だと思ったこと、これまで一度もない。
目線を下に向けるのがもったいないほどだ。
「ここさ、俺、好きなんだ」
「うん」
「前に一度母親に連れて来てもらったことがあって」
「うん」
彼の話を私はただ頷いて聞いていた。妙に真剣な声だったことには気づいていないフリをした。
歩くたびに砂利たちが擦り合う音がする。
「父親が1年前に亡くなったとき、連れて来られたんだけど」
「ん……」
「なーんか癒されるんだよなぁ」
遠くの方を見る夏希の横顔を見て、握っている手にすこしだけ力を入れた。前に向き直す。
「……わかる気がする」
本当に、わかる。癒される。心が洗われる。内面にある汚いものが浄化されていくよう。
「海、行くか」
「うんっ」
「あそこ、コンビニあるから昼飯買って行こう」
「コンビニあるの……?」
「バカにすんな」
「してないし!」
なにがそんなに面白いのか、大笑いする夏希につられるように私も笑う。
……なんだろう、この感じ。不思議。
負の感情が、どんどん塗り替えられていく。
間違いなく彼の手で。鈍色が、鮮色に。