あのとき離した手を、また繋いで。
他にはもう、なにもいらない
眠い目をこすりながら、洗面台の前に立った。昨日は疲れていたはずなのにあまり眠れなかった。そのせいか目の下にはうっすらクマがある。
寝ようとしても、夏希の顔が頭に浮かんでずっと消えなかった。
考えないようにしようって意気込んでも、勝手に脳が一日の出来事を順を追って思い出させた。
不本意だけど、ちょっと、幸せな気分だった。
「はぁ……」
夏希には会いたいけれど、クラスメイトたちと会うのは、嫌かも。
だって夏希と付き合うことになった事実を知ったら、よりいっそう嫌われるに違いない。
噂話にも拍車がかかって、ヒートアップしそう。
考えれば考えるだけ憂鬱になる。
他人なんて関係ないのだと、一蹴することができたら、心も楽になれるのだろうけど。
なんか、夏希と付き合うなら、ちゃんとした女の子になりたいって、そう思う。
他人と関わらなくていいと、そう思って逃げている自分じゃ、明るく、クラスの中心で笑う夏希とは釣り合わないような気がする。
「モナっ、お母さんもう行くから、戸締りちゃんとしてってね!?」
「わかってるよ。行ってらっしゃい」
「行ってきます……!」
騒がしくピアスを耳につけながら廊下を走り抜けて行った母親を私は歯ブラシに歯磨き粉をつけながら見送る。
激しく音を立てて閉まったドアに、ボロいアパートに住んでいる自覚が母には足りないなと呆れてため息を吐いた。
……お父さん、今頃なにしてるかな。
ふとそんなことを考えてしまう。
物心ついた時から両親がもう既に仲良くなかったから、恋なんてどうせ薄っぺらい理想の真似事だと幼心ながら思っていた。
一年前に離婚が成立して、ああやっぱりそうなんだって確信した。恋愛して永遠を誓って結婚したって、その気持ちは簡単には続かないのだと解釈した。
現実は、漫画や小説、映画みたいにはうまくいかない。
……でも今、自分の中にある夏希への底のない想いを感じて、もしかしたらって、そう思えている。
まだ付き合って2日目の朝で、なに言ってんだって感じだけれど。
あ、昨日もこんなことを考えたな。
「行ってきます」
返事はないとわかっていながらもそう呟いて家を出た。