asagao
「改めて...この人が涼の噂の旦那」
「あのバンドの?」
「そう」
「マジで?」
「マジで」
あたしが頷くと脱力したのか盛大な溜息を吐いた。
涼は車から見てたからか、なんとなくの状況は分かってるらしく「ごめんな?高成が意地悪したみたいで…」と謝った。
「いや、いい。うん、涼ちゃんの旦那やったんか。うん、全然いい。問題ない」
額に手を当てて唸る謙吾を見てると罪悪感が湧くけど、これが起爆剤となって少しでもあたしを大切に思ってくれるならと何も言わんことにした。
「ごめんな?どうせ高成がまたいらんことしたんやろ?あたし千秋におっぱいあげてて出ていけんくて」
授乳のことをあっさりとおっぱいと言ってしまった涼に「こら!」とあたしは言ったけど、高成くんは呆れ顔やし、いつものことなんだろう。
気まずそうな顔をする謙吾に気付いてたけど、あたしは放って謙吾の手を離し涼の子供を抱かせてほしいと手を伸ばした。
「どうぞ~」と言いながらあたしに預けるから「そんなアメをあげるみたいなノリで渡すな」と高成くんに怒られてた。
お腹一杯で機嫌がいいのかキャッキャ笑いながらあたしの腕に抱かれる。
もう首は据わってるらしく、ふっくらとした可愛い男の子。
さすが二人の遺伝子やなって納得できる。
「可愛い…」
子供特有の微笑み返しに癒されるあたしは無意識に呟いてた。
子供って可愛い。
自分の子供じゃないけど、大好きな涼の子供って思うだけで可愛いって感情が溢れる。
無意識に笑顔が出て不思議な感じ。
「圭ちゃんも子供作ればいいじゃん」
は?!と思ったのは一瞬で、そう言った高成くんに視線を向けると幸せそうに嫁である涼の腰に手を回してた。
涼は洗脳されてんのか慣れたのかはわからんけど、なんでもないかのようにあたしをニコニコしながら見てる。
そんな仲良し夫婦を見てるとこっちが恥ずかしくなってくるし、お邪魔かな?って気がしてくる。
最初に一緒におったんはあたしやのになんで?って思わされる。
愛妻家っていう噂はほんまってことが証明された瞬間やった。
「いや、子供作れっていうのは…」
「謙吾向こういんじゃん。長いんでしょ?もう結婚してあっちにくれば?じゃあ涼も圭ちゃんも頻繁に会えるし」
涼に聞いてはおるんやろうけど、この状況でそれを言われるのは気まずいことこの上なくて、隣の謙吾の顔を見ることがでけへん。
そういうことを考えてただけに一切笑われへん。
涼は高成くんの無意識で無神経な発言にあたふたしてたけど、それはあたしの心境を察してのこと。
でもこの状況ではどうする術もなくて、あたしと謙吾を何往復も交互に見てた。
逆に怪しいわ!って突っ込みたくなるほど不自然やった。
「あ、えっと…じゃあ、謙吾くんもきたことやし解散しよっか」
気を利かした、というか、どうしようもなくなった涼がそう切り出したおかげで、今日は解散となった。
大阪公演が明日やから結局また会うんやけど、その時は涼の旦那としてじゃなくアーティストとして見るし、あたしもファンとして高成くんを見る。
また違ったポジションで会えるんやけど、面倒なことを放り投げて放置して全力で手を振って帰っていったことに関してはイラっとした。