asagao
「てか、今日は仕事って言うてなかった?」
グラスを傾けながら聞く照れてた顔が一気に真顔になって、ちょっと焦った。
あたしの顔を数秒を見つめて、話す気配がないことを悟ると溜息を吐いた。
その理由がわからんくて首を傾げてみたけど、それでもわからん。
ほぼ毎日会ってた時でも謙吾の表情から感情を読み取れんかったあたしは遠恋を始めてさらに読み取れんくなった。
さすがに高成くんを睨んでたときはわかったけど、いつも無表情の謙吾はわかりづらい。
結局あたしから聞かんとあかんねんな、と口を開こうとしたとき、謙吾が動かしてたお箸を置いた。
「距離があっても大丈夫やと思ったけど、やっぱ心配は心配やねん」
「…うん?」
あたしらの話やと思ったけど、何についてかわからんくて疑問風に返事をしてみたらやっぱり溜息吐いた。
「俺だけやと思ってたけど、それなりに歳くってけば余裕とか慣れとか出てくる。それに気持ちのズレとか」
「それってあたしらの話やんな?」
「他に誰がいんの」
「それって謙吾の話?あたしの話?余裕とか慣れって謙吾が?気持ちのズレってどういうこと?」
ここまで来て別れ話をさあれるんかと不安になる。
そりゃあたしだって何年も遠恋してたら距離には慣れる。
気持ちのズレも多少あるかもしれんやろうけど、それは遠恋に対してのことで謙吾を好きな気持ちは高校の頃から変わってない。
「なに泣きそうな顔してんねん」
はぁ?って顔されて、あたしの頭の中は混乱する。
「だって、気持ちのズレって謙吾があたしのことを好きじゃなくなってきてるって意味やろ?」
「違うし」
「はぁ?」
今度はあたしがそう言うて謙吾の言葉を待つ。
いっつもそう。
謙吾には前置きみたいな説明がない。
あたしがイライラして喧嘩になるのも謙吾の言葉足らずな説明のせいで、結局あたし一人が怒ってる場合がしょっちゅう。
そんな謙吾と付き合ってるのはあたしやけど、今回ばっかりは無理。
こういう状況でそういう言葉足らずな説明は最悪の状況を予想に繋げてしまう。
「あいつが言うてたのも悪くないって思って」
あいつって誰よ?!って思う気持ちを抑えて次に出てくる言葉を待つ。
ここで癇癪起こすから喧嘩になる。
あたしも学習してるから今回は黙ることにした。
「あれ、あいつって誰よ?!って言わんの?」
「あたしも大人になったから」
「そうか。ま、それが余裕やでな。慣れってのも困るし、ズレても困るしな」
あたしに話しかけてんのか独り言なんか返事しがたい言い方にイライラしながらも、自分の鞄を探る謙吾を見てた。
なにが出てくるんか不安になるしかないあたしはお酒を煽ることもできんくて、ただ黙って膝の上で両手をぎゅっと握ってた。
「あいつがああやって言うたからちゃうからな?」
そう言いながら鞄から出したのは小さな紙袋。
なにが入ってんの?って覗くと可愛くラッピングされた小さい袋。
「開けてええの?」
謙吾が頷くのを確認してから袋の中から取り出して、ゆっくり袋を開いてく。
小さい箱が出てきて、“まさか…”と謙吾の顔を見た。
目は合ったけど無表情でちょっとムスっとしてるから何も言わんと、その箱をゆっくり開けた。
「え、え、え?え・・・指輪?」
予想通りの展開ではあったけど、想像と現実はやっぱり違って、指輪の種類の違いに普通に驚いて指輪と謙吾の顔を交互に見た。
あたしの薬指にはすでに指輪が付いてる。
シンプルやけど遠恋になるからって初めて謙吾がくれた指輪。
お揃いにしようって言うて謙吾の薬指にも同じのが付いてる。
でもこれは違う。
「そう、指輪」
貸して、とあたしの手から箱を取って指輪を抜き取ると、それをすでに指輪がはまってる薬指に重ねてつけた。
お揃いの指輪は細めやから重ね付けでも可愛い。
けど、この新しく重ねられた指輪の意味がわからん。
「お前、今日が何の日かわかってないな」
溜息吐いて、携帯を取り出して画面を見せてくる。
画面には恥ずかしがらずに今でも設定してくれてるあたしとの2ショットと画面の上には時計表示と日付。
「あ!記念日や!」
謙吾に会われへんって言われて完全に忘れてた。
「忘れてるとはな。これも慣れってヤツか」
「さっきから慣れとか余裕とか、ほんまにわけわからんねんけど」
結局謙吾が答えを出してくれることはなく、あたしから聞くはめになった。
ま、いつものことやねんけど。