あなただけの騎士
俺はトイレの方に向かって歩き出す。
いや、早歩き、のほうが合ってるかもしれない。
「……っ!は…し……さいよ!」
トイレの近くの路地裏から声がする。
路地裏に近づく度に声は大きくなる。
「いやっ!離して!なにするの!」
「大丈夫、嫌なのは最初だけだから。ほら、この粉飲んで?」
「それダメなやつだよね?!」
…はぁ。姉ちゃんが可愛すぎるのがダメなんだよ…
「ねぇ、君」
男達が一気に後ろを振り返る。
男達が邪魔で姉ちゃんの姿は見えない。
姉ちゃんからも俺は見えてないだろう。
これは好都合。
俺は自分の姿と話し方が一致しないように、特定されないように特徴的な話し方をする。
アイツの話し方の真似をしよう。
「あ?なんだよお前。今からお楽しみなんだよ、邪魔すんな」
「へぇ?混ぜてよ。ボクも楽しいことしたいなぁ」
そう、凛桜だ。
・・
ボク、楽しいことは好きなんだよねぇ、と言うと男達は警戒するのをやめたみたいだ。
…甘いな。
「ほら、来いよ。いい女だろ?」
「いやあ!離して!誰か助けて!きぃちゃん!」
それは俺のことを呼んでる言葉であって。
…やっぱり咄嗟に出る呼び方は「きぃちゃん」なんだな。可愛い。
思わず緩みそうになった頬を引き締める。
ガスッ
「ほら、楽しいことするんでしょ?立ってよ」
自分で言うのもなんだけど…
言ってることとやってることがエグい。
「ああ?!てめぇ…!よくも、サワラさんを…!」
サワラ、ねぇ。
覚えておくよ。
顔面ピアスだらけの赤髪のサワラ、ね?
この県から
追 い 出 し て や る よ
「うるさいなぁ、そんなにキャンキャン吠えないでよ。負け犬の遠吠えかな?」
「俺は犬じゃねぇ!調子乗ってんじゃねぇぞ!!」
あらあら。お怒り。
「だーかーらー、うるさいってば。ボクは喧嘩をしにきたんじゃなくて…
お姫様を助けに来たんだよ?」
こんな昼間から喧嘩したら顔バレちゃうし。
「…はぁ?」
「姫、迎えに来ました。遅れて申し訳ございません。お家へ帰りましょう?」
「…えぇ。ありがとう、中原」
姉ちゃんは空気を読んだのか、俺をよくわからない名前で呼んだ。
…中原って誰だよ。
女だよな…?
どこまでもシスコンな春樹
っと、こんな事考えてる場合じゃない。
「待てよ!逃げんのかよ!」
ピタッ
「…逃げる?逃げる、とは?ボクはただ、姫を安全な場所に移動させるだけだよ?
君たちは…明日からはこの県にいられなくなってるよ。俺の姫に手を出したこと、後悔させてやる。
さぁ、姫。行きましょう」
男は俺の言った意味を理解していなかったようだ。
「あと、もう一つ。サワラさん、でしたか?彼にも伝えておいてください。“騎士団は昼でも活動する”と」
そう、言い捨てて、その日は家に帰った。