黎明皇の懐剣
七.共に生きるということ
ユンジェは久しぶりに、夢の中で爺と会った。
ティエンと出逢う前は、人恋しさによく爺と夢で会っていたのだが、彼と出逢ってからはその機会がめっきり減ってしまった。
それだけ寂しくなくなったのだから、悪い話ではない。
でも無性に会いたくなる日もある。
ユンジェは夢だと分かっていながら、爺との再会を喜んだ。さっそくティエンと家族になったことや、旅をしている話をしよう。焼けた故郷の話や、リオの結婚も話してやらねば。
あれ、爺が急かすように背中を押してくる。まだ何も話していないのに――そういえば、妙に腹がすいてきた。何か食べて来ようかな。何か食べて。
「良かった。ユンジェ、気が付いたのね」
目を開けると、爺は消え、安堵したリオが顔を覗き込んでいた。寝ていたのだと察したユンジェは、寝台に入った前後がないな、と寝ぼけた頭で考える。
それを尋ねようと声を出すが掠れた。風邪を引いたような、がらがら声だった。
「まだ動いちゃ駄目よ。傷が開くわ」
身をよじって起き上がろうとするユンジェを、リオが慌てて止める。肩に鋭い痛みが走った。おかげで一気に目が覚める。
「体が動かねーんだけど。なんでだ」
しかも、妙に頭がくらくらする。まるで全力で走った後のよう。やはり風邪だろうか。
「ユンジェ、憶えていないの?」
「憶え……あれ、ティエン」
首を動かすと、ティエンが隣で身を丸くしていた。
部屋は明るく、蝋燭に火も灯っていないので、日中だと分かる。なのに、彼は芯から眠っていた。ユンジェの右手を握り、寝息を立てている。青白い顔は彼の具合を示していた。
「ティエンさん。寝ずにユンジェの看病をしていたの。さすがに、三日が限界だったみたい。ご飯も水も取ってくれなくて、説得するのに大変だったんだから」
ユンジェはようやく、自分の身に起きたことを思い出す。
そうだ、自分は斬られたのだった。この痛みは賊にやられた時のもの。じつを言うと、斬られた後のことはあまり憶えていない。
ただ、ただ、無我夢中に走ったことだけは、鮮明に憶えている。
リオにみなは無事なのかと尋ねる。彼女は頷き、ジセンが軽傷ではあるが、他の者達は無事であることを教えてくれた。
あの騒動から今日で四日目。
ユンジェはその間、一度も目覚めず、高い熱を出していたそうだ。大量に出血していたことも原因だろうと彼女。ちなみに例の賊共は、織ノ町の駐在所に引き渡された。
曰く、この土地では知らぬ者などいない、悪名高き辻強盗だったそうだ。
織ノ町や周辺の養蚕農家、旅行商人などを相手取り、金目の物や人を攫っては懐を豊かにしていたという。
「元は傭兵だったそうよ。内一人が養蚕農家の子で、この辺りを知り尽くしていたみたい」
なるほど。だからあの夜、容易に敷地に侵入できたのか。
ユンジェは複雑な気持ちになる。養蚕農家の子どもであれば、仕事や身分もひっくるめ、家業の苦労も知っていただろうに。
「なんか。ごめんな。お前の家を騒がせて。あとで、ジセンにも謝らないと」
「何を言っているの。ユンジェ達のおかげで、賊を捕まえられたのよ。それどころか、私達を守ってくれたじゃない。ジセンさん、町長に感謝されたそうよ」
賊共には賞金が懸けられていたらしく、目を瞠るほどの大金を貰ったそうだ。ジセンは困ったように笑い、こんなことを言っていたという。
『災いを歓迎したら、本当に幸いが降ってくるなんて。助けられたどころか、こんな形で大金が手に入るなんて思いもしなかったよ』
それを聞いたユンジェは、思わず笑声を漏らす。そう思ってもらえるなら心も軽い。なんにせよ、迷惑を掛けたことには違いないのだから。
「でも、賊をどうやって運んだんだ。ジセン一人じゃ大変だっただろう?」
するとリオが苦い顔を作り、突き上げ戸の方に視線を流した。つられて頭を持ち上げたユンジェは、物の見事に顔を引き攣らせる。
そこには満面の笑みを浮かべたカグムが、腕を組んで立っているではないか。なんでここに彼が。
「あの人達が手伝ってくれたの。ユンジェの止血をしてくれたのも、あの人達なの」
「止血はハオだよ。あいつは看護兵だったからな」
ユンジェは枕に頭をあずけ、深いため息をつく。
本来であれば感謝しなければならないのだろうが、相手が相手だ。せっかく織ノ町で撒いたのに、なんでそこにいる。ああもう、笑顔が嫌味ったらしくて仕方がない。
(お手上げだな。ほんと)
これはあれだ。今度こそ逃げられないというやつだ。
謀反兵らに見つかっているだけではなく、ユンジェ自身が怪我人なのだから。
向こうも分かっているのだろう。笑みを深める。
「ピンインさまが目覚め次第、お前を連れて発つ。下手なことは考えない方が身のためだ」
分かっている。
ユンジェはティエンに掛かっている衣に目を向け、それを引き上げて掛けなおしてやる。手を放す様子はない。それだけ、心細い思いをさせてしまったのだろう。
「カグム。助けてくれてありがとう。俺が寝ている間、世話を焼いてくれたんだろう?」
どのような理由があろうと、ユンジェは彼等に助けられている。そして、友のリオ達に手を貸している。それについては礼を言わなければ。
カグムは小さく頷き、気持ちを受け止めてくれる。それはそれ、これはこれ、と弁えてくれているのだろう。
「ユンジェ……」
リオが眉を下げ、心配を寄せてくれる。嬉しいが、こればっかりはどうしようもない。ユンジェ達は見つかった。今の自分達に逃げ出す術はない。だったら、おとなしく従うしかない。