黎明皇の懐剣


 ◆◆

 野宿の場所は日中の間に決められる。
 それは勿論、夜になれば視界が利かなくなる上、周囲に何があるか把握できないからだ。

 川があれば、水の確保ができる。横穴があれば、太陽の光と松明で中の安全を確認できる。
 もし、そこが安全なら雨風が凌げる。凶暴な獣の住処だと分かれば、素早く他の場所を探せる。

 人里から離れた山や森林は、事細かな注意が必要だ。明日を無事に迎えたいのであれば、日中に目途をつけるべきだろう。

 当然、カグム達はそれを心得ている。
 川を見つけると、早々に野宿の準備を始めた。本当は夜中も馬で駆けたいようだが、生憎怪我人がいる。麒麟の使いを死なせるわけにはいかないと判断し、今日の移動は終わりとなった。

 その頃にはユンジェも目を覚まし、少しだけ元気を取り戻していた。悩ましい眩暈も消えていたので、馬から降りると、さっそくティエンに川へ行こうと誘う。

「水汲みついでに、魚がいるか探してみようぜ。獲れたら今日の晩飯になるしさ」

 彼から返事を貰う前に、「ふざけるな!」と頭ごなしにハオが怒鳴りつけてきた。

「てめえ、今日は動くなっつっただろうが。川ぁ? もし、そこに落ちたら、体温が下がる上に、傷口に菌が入るかもしねーだろうが!」

 なら川は諦めて森にしよう。ユンジェはたき火の枝を拾いに、森へ行こうとティエンに提案する。一層、ハオに怒鳴られてしまった。

「俺はおとなしく座ってろって言ってるんだよ! しかも王子に下々の仕事をさせようとするなんざ、どういう神経をしてやがる!」

 そんなこと言われても、ユンジェはティエンといつも二人で野宿の準備をしていた。悪気があったわけではないのだが。

「気にするな、ユンジェ。お前が元気になったら、また一緒に魚を獲ろう。それまでは私が水汲みや枝を拾ってくるから」

「ぴ、ピンインさま。お願いですからそれは、我々にっ……」

 ティエンがじろりとハオを鋭く睨み、彼を黙らせると、己の着ていた外衣をユンジェの肩に掛けた。

「お前はあたたかくして休んでおくんだ。無理をしてはいけない」

 大丈夫なのに。
 大袈裟だと不貞腐れると、「ユンジェ」と、名を呼ぶ彼の笑みが深くなった。

 美しい笑顔には、たいへん凄みがある。
 とんとん、と無言で地面を指さす彼に何度も頷き、ユンジェはおとなしく、たき火の側で腰を下ろした。ティエンがとても怖い。


(絶対にカグム達がいるせいだ。馬もハオと一緒だったしな)


 兵士不信の彼にとって、兵との二人乗りはさぞつらいものであったことだろう。

 しかし、気のせいだろうか。同乗していたハオの方が、やや疲労の顔を見せているような。不機嫌に当てられたのかもしれない。詮索するだけ野暮だろう。

「今晩はユンジェに、血の作る物を食べさせてやるからな。少し、待っていておくれ」

 くしゃりと頭を撫でられる。川の方に向かう彼は、魚でも獲るつもりなのだろうか。ついて行きたいが、駄々を捏ねたところで、凄まれてしまうだけだろう。

 ティエンの後をシュントウと呼ばれた兵が追って行く。念のため、カグムが見張りを付けたようだ。
 本当はユンジェと共におとなしくして欲しいようだが、ある程度、好き勝手にさせた方が、王子も言うことを聞くと兵達も学んだらしい。

 退屈となったユンジェは、たき火用の枝を手に取り、何気なく真っ二つに折る。その音を聞き、そっと顔を顰めた。他の枝も確かめるが、折れた音が鈍い。

「カグム。この枝じゃ、燃えにくいよ。火のつきが悪いと思うぜ? それに、このたき火の組み方……」

 乱雑に組んであるたき火と向かい合い、手早く直していく。どうして、直す必要があるのだと、ライソウという青年に尋ねられたので、ユンジェは丁寧に説明をした。おおよそ彼が準備したのだろう。

    
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