黎明皇の懐剣
陶ノ都に到着すると、ユンジェは都の規模の大きさに目を瞠ってしまう。
広さは勿論のこと、今まで通ってきた町など比較にならないほど人や家屋、店が多い。
見上げれば、色とりどりの提灯がぶら下がっていた。人の通る道は綺麗に土が平らにされ、とても歩きやすく、足も疲れない。ガタゴトと揺れる荷馬車も、心なしか通り過ぎる速度が速いような気がした。
美しい通路や家屋に伴い、そこにいる人間達の身なりも美しい者は多い。
色鮮やかな衣、きらびやかな石の首飾り、男女問わず結った髪には銀の簪が挿さっている。一目で都の人間だと分かった。
「すごいな。都って」
ユンジェは己の身なりと、周りの人間の身なりを比べ、その贅沢の差に呆気に取られる。
あまり身なりなど気にしないユンジェだが、この時ばかりは自分がみすぼらしいと思えた。
さて、そんな陶ノ都は妙に物々しい。皆が皆、大通りへ足を伸ばしている。
それどころか、近くの人間に声を掛け、子どもは広場へ、その他の者は大通りへ行くよう促していた。でなければ、命がなくなるぞ、と言っているので首を傾げてしまう。
対照的にカグム達は血相を変えていた。ティエンに至っては顔面蒼白となっている。
「そういうことか。だからユンジェがあれほど拒んだのか。くそっ、こんな時に。ライソウ、お前はシュントウと馬を隠せ。俺達もなるべく、目立たないように人陰に隠れるぞ」
すっかり蚊帳の外に放り出されたユンジェの背を、ハオが押してくる。
「いいか。大通りに着いたら、膝をつけ。そして俺の合図と共に頭を下げろ。絶対に頭は上げるな」
有無言わせない空気であった。ユンジェは何度も頷き、彼らと共に大通りへ向かう。
すでにそこは人で溢れかえっていた。左右に分かれ、人びとが膝をついている。美しい衣をまとっている都の人間まで、平然と土に膝をつけているので、なんとも異様な光景だ。
ユンジェは先ほどから、険しい顔を作っているティエンが気になって仕方がない。彼に声を掛けるも、ハオから注意を受けたので、返事を聞くことは叶わなかった。
「カグム。俺とガキが前に出る。お前とティエンさまは後ろにいろ」
「私も前に出る。ユンジェの隣に」
「だめです、ティエンさま。その身分である貴方様と、王族の近衛兵であったカグムは、顔が広く知れ渡っています。ガキを思うなら、どうか賢い選択を。安心して下さい、ガキは俺が責任を持ちますんで」
ハオらしからぬ強気な発言だ。顔は切羽詰まっている。
「さあて、来るぞ――国を統べる王族のお出ましだ」
両膝を折ったユンジェは、ハオの合図と共に平伏した。地面に額をこすりつけ、深く頭を下げる。ゆえに何が起きているのか、まったく把握できない。
けれど耳をすませると、馬と人の雑踏が聞こえてくる。列をなしているのか、その音が途切れることはない。ユンジェは目だけ動かし、声を窄めてハオに尋ねた。
「いま、王族が通っているの?」
同じく目だけ動かしたハオが肯定する。
「お前はティエンさまの寛大な心で許されているが、本来、平民と王族は同じ目線で物を話せる立場じゃねえ。王族は麒麟に国を任された一族。天の次に位が高い」
それゆえ、もし失礼な態度を取れば、天の裁きと称された罰を受けるのだとハオ。
笞刑で済めば軽いもの。最悪、首を刎ねられる可能性がある。
だからハオ達は常日頃から、ティエンの顔色を伺い、不機嫌を恐れていたのである。単なる王族だから、ではなく、あれには理由があったのだ。
「覚えとけクソガキ。王族に逆らうことは、天に逆らうも等しい。舐めたことをしたら、命はねえと思え」
力説するハオだが、自分こそ謀反兵の身ではないか。
(なんで、ハオ達は今の国に逆らおうと思ったんだろう)
逆らえば命がないと分かっているくせに。
ふと、馬の音が止まった。気配があるので、去ったわけではないのだろう。
「おや。あそこにいるのは……はて、どういうことでしょう」
含みある言葉は疑問を抱いている様子。男のものであった。透き通った声は、心なしか此方へ向けられているような気がする。
「そこの兵よ、あの者を」
兵の足音が近づいてくる。ユンジェはハオと共に身を強張らせた。
まさか、早々に気付かれてしまったか。自分達は勿論、頭を下げているであろうティエンとカグムの顔も見えないと思うのだが。
兵が立ち止まった。ユンジェはどっと冷汗を流す。目の前にいる。兵が目の前にいる。
「お前、面を上げよ」
兵の持つ槍で軽く頭を小突かれる。
ユンジェは嘆きたくなった。なぜ、目を付けられてしまったのだろうか。自分はハオ達の言う通りにしていただけなのに。
恐る恐る顔を上げると、初老の兵が厳かな顔で問うた。
「歳はいくつだ」
落ち着け。動揺するな。下手な行動を取れば、ティエン達にまで被害が及ぶ。冷静に受け答えすれば切り抜けられる。
ユンジェはからからの口内を唾で潤すと、静かに答えた。
「今年で十四となります」
それを聞くや、兵が何故ここにいると言葉を重ねてくる。
ユンジェはその疑問の意味が、よく分からない。何故とはなんだ、何故とは。ここにいては駄目だというのだろうか。だったら、すぐにでも立ち去るつもりなのだが。
すると、隣にいたハオが顔を上げる許しを乞う。兵が許可をすると、彼は恭しく答えた。