黎明皇の懐剣
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広場にいたユンジェは走っていた。
その手にはティエンの懐剣が握られており、セイウから命を受けた兵達を止めるため、それで切り掛かった。
集められた少年達が逃げまどう中、ユンジェは向けられる槍達に邪魔だと声音を張り、それらを懐剣で弾くと、懐に入って蹴り飛ばす。
なぜ、こんなことになっているのか。
時は兵達がユンジェを捕らえるところまで遡る。
セイウの懐剣を半分ほど抜いてしまったユンジェは、麒麟の使いであると判断され、その場で取り押さえられた。
兵達はとても乱暴であった。
ユンジェが「使いにはなれる身分でありません」と懐剣を差し出し、セイウに訴えると、それを口答えと捉え、兵達は問答無用にユンジェの体を地に叩きつけた。
王族の決定に、平民は有無言わせてもらえないようだ。
少しでも動けば、髪や衣を引っ張られるわ。痛いほど押さえつけられるわ。逆らうなと怒鳴られるわ。散々な扱いを受けてしまう。
広場に集められた少年達が、哀れむような目と、自分でなくて良かった、と安心した顔を作っていたのはとても印象的である。
ユンジェの首から麒麟の首飾りが出てしまったのは、そんな騒動の最中であった。
「それは、王族が持つ麒麟の首飾り。王族の証。なぜ、貴方が」
何かを察したセイウが、兵達にユンジェの所持品を調べさせた。
それにより、腰に隠していた懐剣が見つかってしまい、己の正体が第二王子にばれてしまう。
セイウはつくづく運が良いと上機嫌になった。
自分の懐剣が見つかるどころか、父が血眼に探している愚弟の懐剣が手に入るとは、想像すらしていなかったと大笑いする。
その機嫌のまま、セイウは兵達に命じた。都のどこかに、必ずや愚弟の第三王子ピンインがいるはずだ。見つけ次第、殺して首を取ってこい、と。
それを父王に差し出せば、さぞお喜びになる。自分は懐剣も王座も手に入る。麒麟の使いの所有者は二人も要らない。
セイウはそう言って、ユンジェを見下ろした。
命令を聞いた瞬間、ユンジェは信じられない力で押さえる手から抜け出し、ティエンを探しに行く兵達の前に回って懐剣を抜いた。
「ティエンの首を取りたいなら、懐剣の俺を折ってからにしろ。あいつの下には、絶対に行かせない」
そうして今に至る。
ユンジェは囲んでくる兵の剣や槍に目を配り、すばしっこい動きでそれを避けて、時に懐剣で受け流し、叩き折って、懐に飛び込む。
背後から槍を突かれると、腕で受け止めて、それを奪い取った。剣を振られても、飛び込む足は止めず、僅差で首に懐剣を刺すことが叶った。
返り血を浴びたが、それを拭う気持ちは芽生えない。
次は誰だ。災いとなる奴はどいつだ。
ユンジェは大人の兵達を見据え、懐剣の刃に付着した血を舐めとる。化け物だとか、けだものだとか、極悪非道だとか、そんな言葉をたくさん浴びせられたが、関係ない。ユンジェの使命は一つ。
ゆるりと口角を持ち上げる。
「ティエンを生かすためなら、俺はなんだってするさ。なんだって」
静観するセイウは、これ以上に無いほど興奮していた。
「あれが懐剣の姿、麒麟に使命を授かった者の力っ! ふふっ、ふふふっ、あははっ! なんて子ども! あれほどの兵を相手取るなんて!」
所有者を守るため、身も心も懐剣となる。常人離れした動きを見せる。
あれは人間か。いや、人間ではあるまい。あの子どもはまぎれもなく、意思を宿した懐剣の化身だ。国のどこを探しても、そんな懐剣なんぞ見つからないだろう。
セイウは舌なめずりをした。
これまで様々な珍しい物に欲を持ってきたが、此度の物は今までになく興奮する。
欲しい、あれがとても欲しい。欲望が抑えられない。宮殿に飾るだけでは物足りない。傍に置き、あの力を飽きるまで見せてもらわねば。