黎明皇の懐剣
カグムに褒められるような、綺麗な心は持ち合わせていないのだ。もう独りになりたくないから、全力でティエンを守る。
ただ、それだけだ。
「ティエンはな。独りだった俺を救ってくれているんだ。町の大人達に理不尽な扱いを受けたら、いつも慰めてくれたし、畑仕事だって手伝ってくれた。ティエンは俺を不幸にしたと思っている節があるみたいだけど、俺はあいつに出逢えて幸せなんだ」
だから恨む気持ちも、責める気持ちもない。
それ以前に、ユンジェはティエンに救われているのだ。つらい孤独の日々に光をくれた彼を失いたくない。それがユンジェの正直な気持ちである。
「カグムはティエンの近衛兵に出逢ったこと、後悔している?」
思い切って、カグムの心に踏み込んでみる。
彼は困ったように眉を下げ、「いや」と、曖昧に返事した。後悔はないが、何か心に思うことがあるのだろう。ユンジェは相づちを打ち、それ以上の追究をやめた。
「ユンジェは聞かないんだな。俺とピンインのこと」
気を利かせて打ち切ったのに、話が続いてしまう。困ったものだ。
「聞きたいことはいっぱいあるよ。二人がどんな風に仲良かったのか、とか。離宮ではどんな生活をしていたのか、とか」
「逆心のことは?」
妙に意地の悪い質問をしてくる。こちらの心を探っているのだろうか。
「なんだよ。俺が聞いてカグム、話してくれるの? どうせはぐらかすだろう? お前、白々しく煽ったり、うそぶいたり、狡賢く振る舞ったりする、性格の悪い男だし」
「……黙って聞いていれば。やっぱり生意気な奴だな、お前」
「だって、そうだろう? ティエンにすら話さないのに、関係のない俺にカグムが話すわけがないじゃん」
カグムがなぜ、ティエンを裏切ったのか。守るべき王子に刃を向けたのか、それはユンジェにも分からない。
ただ、それのせいでティエンは強い怨みを抱き、カグムを憎んでいる。彼もそれを知り、わざとティエンを煽っている。
結果、兵士不信のティエンは誰よりも、カグムに一切の信用を置かずに過ごしている。同じ立場にいる兵士のハオの方が、まだ不信の眼が柔らかい。
ティエンとカグムのわだかまりは、色濃く残っている。
とはいえ、ユンジェはカグムを嫌うティエンを軽蔑するようなことはしない。同じように、ティエンを煽るカグムを嫌悪することもない。それはそれとして見ている。
思うことは一つ。これは仕方がない、それだけ。
「何かあれば、勿論、俺はティエンの味方をするよ。でも、カグムのことは嫌いじゃないんだ。ハオもそう。二人には良くしてもらっているしさ」
「俺達もユンジェを物扱い節があるのに?」
噴き出してしまう。
だったら今、こうしてカグムはユンジェを外衣に入れてくれはしないだろう。怪我を負った時とて、ハオはユンジェを助けてくれなかっただろう。
カグムもハオも、ユンジェが懐剣だから助けたとか、手当てしたとか、そんなことを言うが、目を見ればそれが本心か、そうでないか、すぐに見抜ける。
「カグムやハオは悪い奴じゃないよ」
物として見てきたセイウと違い、二人とも本当に優しい目をしているのだから。
そう伝えると、カグムが面を食らい、見事に固まってしまう。
けれども、すぐため息をついて、調子が狂うと愚痴を零した。照れるな照れるな、からかうと軽く頭を小突かれる。ユンジェは笑いを堪え、肩を震わせる。言い負かした気分だ。
「俺はティエンに会えて良かった。カグム達にだって会えて良かった。みんなに会えなきゃ、俺は足し引きもできない。読み書きもできない。国も何も知らない農民で終わっていたから。知らないって怖いな。旅に出て自分の無知が分かったよ」
同意を求めると、「そうだな」と、カグムは相づちを打ってくれる。
「人は生まれる国を選べない。だからこそ自分の国はある程度、知っておくべきだ。その国の上に立つ王が、賢王なのか。愚王なのか、それを知るだけで国の見方が変わってくる」