黎明皇の懐剣
彼の中で線引きがあるらしく、今のティエンとはつま先も気が合わず、昔のピンインは可愛げがあったと返事した。好きか嫌いかで問われると、ティエンのことも、ピンインのことも、まあ嫌いではないと言う。
「王に相応しいかどうかについては……個人的に、今のままじゃ難しいと考えているよ。他の王族に比べると、優しく穏やかな性格だが、あいつには致命的な脆さがある」
「脆さ?」
「ああ。それを乗り越えない限り、王座に就いても、野心ある王族や貴族に食われちまうだろうな。脆さや優しさに浸け込まれたら一巻の終わりだ」
それでも、あれが新しい麒麟を誕生させるのであれば、国を変えてくれるのであれば、カグムはティエンを王座に就かせるという。
王位簒奪も、弑逆も、謀反も、それが悪と知りながら、国のために道を切り開くと彼は語った。
ゆえに懐剣も利用するとのこと。
ユンジェは笑う。その時はその時だ。今、悩んでも仕方がない。利用された時に、たくさん考えて、どうするか決めればいい。
「カグムはカグムの決めたことをやればいいんじゃないかな。俺は俺で、ティエンと頑張って夢を叶えるから」
「へえ。どんな夢だ」
「新しい家と畑を持って、ティエンと静かに楽しく暮らすこと。またあいつと、豆や芋を育てたいんだ。水田なんかも持ちたいや」
「ははっ。そりゃ平和な夢だな」
「羨ましいだろう? なんなら仲間に入れてあげてもいいよ。一から畑仕事を教えてやるし」
小さく噴き出すカグムが、能天気な奴だと頭を軽く叩いてきた。いいではないか。追われる毎日より、ずっと楽しいと思う。そんな夢を見ても罰は当たらないだろう。
草を踏み分ける音が聞こえた。
振り返ると、不機嫌な顔でこちらを睨むハオがひとり。腕を組み、仁王立ちする彼は、二人してこんなところで何をしているのだと唸った。寝起きの顔は、凶悪さじみている。
「ガキ。さっさと戻れ。ティエンさまが、てめえの身を案じてらっしゃる。あの方はお前がいねぇとすぐに起きちまうってこと、忘れてるわけじゃねえよな?」
どうやらティエンが目を覚ましたらしい。
てっきり朝まで眠るものだと思っていたのだが、ユンジェのぬくもりが消えたことで、彼は目覚めてしまった模様。これは急いで戻らなければ。
ユンジェはカグムの外衣から出ると一足先にたき火へ戻る。その際、振り返って、カグムに礼を告げた。
「聞いてくれてありがとうな。俺、やっと人間らしく眠れそう。おやすみ」
走ってたき火に戻ると、ティエンが重たそうな頭を抱えて身を起こしていた。隣に腰を下ろすと、彼は安心したようにこわばっていた表情を溶かす。
「おかえり、ユンジェ。どこへ行っていたんだ?」
「小便だよ。ついでに、向こうの川が綺麗だったから、ちょっと散歩してた」
さっさと外衣に潜ると、懐剣を頭の上において、小さな欠伸を噛み締める。早々に眠たくなってきた。
「起こしてくれたら良かったのに」
「ごめんごめん。でもお前、すごく疲れていたみたいだから、起こすのも気が引けてさ」
「構わないから、今度は遠慮なく声を掛けておくれ。私はとても心配したよ」
連れ去られたのかと思った。
真摯に気持ちを伝えてくる彼に一笑すると、自分はどこにも行かないと返事した。なんたってティエンの懐剣なのだから。
「ティエン寒い……眠い……さみぃ」
「ユンジェは本当に寒がりだな。夜に散歩なんてするからだぞ。ほら、もっと近くにおいで」
そして、ティエンはユンジェの鞘になってくれることだろう。きっと、そう、きっと。