黎明皇の懐剣

 冷静を装って、腹の内は激情がめぐっているのだろう。ティエンの眼には憎悪すら垣間見える。それに気づかないカグムではないだろうに、彼は話を続けた。

「我々は(ずい)天士(てんし)より、命を受けた者。ピンインさまを探し出し、天士ホウレイさまの下へ連れて行くお役を授かっております」

 瑞の天士は瑞獣に仕える神官のひとり。

 麒麟の神託を授かり、国の未来と行く末を導く者だそうだ。それは王族ではない。貴族でもない。しかし、地位は高く、政と深く関わる存在だそうだ。

 国のことになると、てんで知識が無くなるユンジェだが、重要な役割を担っていることは理解できた。

(間諜は敵になりすまして、様子を探ることだったよな)

 要するにカグム達は瑞の天士に命じられ、敵兵になりすましてティエンを探していた、ということだ。それも一年を要して。

 天士ホウレイのことはティエンも知っているようだ。疑心になりながらも相づちを打っている。

「呪われた王子と呼ばれる私を探し出し、何をさせたいのでしょうか?」

「第三王子ピンインさまに――麟ノ国の王座に就いて頂きたい。それが我々の目的でございます」

 途端にティエンが噴き出した。
 あまりにもおかしそうに笑う、その顔は人を小ばかにしており、ユンジェは正直好きではない。優しく笑ってくれるティエンの顔が、やっぱり好きだと思う。

「なるほど、目的は王位簒奪(おういさんだつ)。私にクンル王を弑逆(しぎゃく)しろと、そう仰るのですね?」

 王位簒奪とは、王位継承権の低い者が王の座を奪うこと。
 弑逆は王や親を殺すこと、だそうだ。
 
 王族の使う言葉とは、とても難しい。

 ユンジェは必死に反芻し、忘れないよう頭に叩き込む。また使う機会が出てくるかもしれない。分からないところは、後でティエンに聞こう。

「今の王権に不満でもあるのでしょうか? 謀反は大罪。それを知らぬわけがありませんよね。なにゆえ、そのようなことを。国を亡ぼすやもしれない私に、何を期待しているのです」

「王子は、次の麒麟を誕生させるやもしれないお方なのです」

 ユンジェは眉を寄せた。

 ティエンが次の麒麟を誕生させる、とは?

「事の発端は、三十年前に遡ります。天士ホウレイさまは麒麟から神託を受けました」

 それは麒麟が寿命を迎えるというもの。
 麒麟は千年長生きする瑞獣と口伝えられている。人の身では考えられないほど、永い時を生きていく。

 けれども、瑞獣にも寿命がある。
 国を守る麒麟も例外ではなく、時と共に老い、千年の節目を迎えると同時に消滅するのだそうだ。

 生物には必ず寿命がある。天の生き物であれと、それは例外ではない。
 とはいえ、恐れる必要はない。消滅しても、新たな麒麟が生まれる。麟ノ国は守護してくれる瑞獣を失うわけではない。

「しかし、ホウレイさまはこのように神託を授かりました。このままでは、麒麟は生まれない。この国は瑞獣を失い、他国にいずれ攻め入られる国となる。弱国となると」

 麒麟は殺生を嫌う、優しい性格の持ち主。なによりも他者を重んじる。ゆえに守護する麟ノ国もそうあって欲しいと切望していた。

 だが願いとは裏腹に、近年の麟ノ国は(すさ)んでいた。
 権力のある者が弱者をねじ伏せる。一方的になる貧富の差。外内では戦が勃発し、人びとは血を流すことが多くなった。
    
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