黎明皇の懐剣



 こうして準備を整えていく。使えそうな道具は頭陀袋に仕舞い、足りない道具は作り、それらを分け合って、お互いの持ち物を把握した。
 行動を怪しんだカグムが、天幕の内に見張りを置いたが、二人は構うことなく、今後についてよく話し合った。

 持ち物を確認する際、ユンジェはティエンの私物を返した。彼の服は燃やしてしまったが、麒麟の首飾りは無事であった。

 しかし。ティエンは、あまり良い顔をしなかった。
 曰く、それは王族の象徴であり、魔除けだそうだ。農民を名乗る今のティエンには不要なものだという。

 とはいえ、国の瑞獣が描かれた麒麟の首飾りを、無暗に捨てるわけにもいかない。

 そこでティエンは、これをユンジェの首に通した。ただの農民の子であるユンジェには重すぎるそれを衣の下におさめ、預かって欲しいと頼んでくる。

「これを身につけていれば、必ずや災いから、ユンジェを守ってくれるはずだ。旅の間、肌身離さずつけておきなさい」

 だったらティエンがつけておくべきだ。周りから死を願われているのだから。なのに、彼は首を横に振るばかり。

「私には頼もしい麒麟の使いがついている。ユンジェが生きて欲しいと願ってくれるだけで、私は長生きできそうだよ。だから、首飾りはお前が持っておいて欲しい」

「俺はお前より丈夫なのに」

「いいから持っていておくれ。ユンジェ、これも渡しておこう。私の懐剣だ」

 首飾りとは対照的に、ティエンは懐剣を預けることには躊躇いがあるようだ。差し出す顔が憂い帯びている。

 麒麟の使命により、彼の懐剣となったユンジェではあるが、それを奪ってしまおうという気持ちはない。

 ユンジェはティエンに生きて欲しい。だから守りたい。それだけなのだ。大切な懐剣ならば、ティエンが持ったままで良いと思う。

 けれども、ティエンは懐剣をユンジェに授けた。麒麟の使いとなったのだから、これはユンジェが持っておくべきだと彼。

 ただ、これを授けるにおいて、恐れていることがあると言葉を重ねる。

「ユンジェ、お前は優しい。これを抜けば、お前は人を傷付けることだろう。その都度、重みを背負わねばならない」

 彼はユンジェの心を心配していた。
 一たび懐剣を抜けば、それは凶器となる。使いようによっては人を守り、人を傷付け、(あや)めるものとなる。
 ユンジェはふたたび人を殺めるやもしれない。業を背負うやもしれない。

 憂慮するティエンに、ユンジェは平気だと返事する。それも覚悟の上だと告げた。

「俺はまっとうな人間じゃない。天から裁きを受ける日も、いずれ来ると思っている」

 そんな人間に、麒麟は使命を授けた。
 だったら、やれることをやりたい。
 ユンジェは淡々と語った。声が上擦ったが、誤魔化すように唾を飲み込む。

「ユンジェ。お前はもう、十分に罰を受けている。天はこれ以上の罰を、お前にはお与えにはならないだろう。追い剥ぎは己の行いを返されたんだ」

 ティエンは優しい眼を作る。

 彼は言う。ユンジェを襲った追い剥ぎは、その子どもの命を奪ってまで金を奪おうとした。

 結果、己の行いが返ってきたのだ。
 それは自業自得であり、因果応報というもの。仮にユンジェを殺して、金を奪ったとしても、必ずや男に天誅(てんちゅう)が下ったことだろう。

「お前を傷付けたくない。なのに傷付く運命に巻き込んだ私を、どうか許しておくれ。そして、どうか忘れないでおくれ。お前は私の懐剣。ユンジェの行いは私の行いでもある」

 痛みや苦しみ、重みは二人のものだとティエン。懐剣を使用した子供が、それで罪を犯す日が来たとしても、それは一人の罪ではないと彼は言い切った。

 優しいのはティエンだと思う。
    
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