黎明皇の懐剣
ユンジェとティエンは一本橋を渡ると、水田の景色に別れを告げ、鬱蒼とした森林に入る。日が傾く前に本日の野宿場所を見つけ、たき火の準備をした。
そして夜のとばりが下りた頃、それに火をつけ、簡単に夕餉を済ませた。何もすることがなくなると、ティエンは昼間の続きを語り出す。
「リャンテ兄上とセイウ兄上は仲が悪い。そのため、王位継承権をどちらが持つか、水面下で火花を散らし合っている。隙あらば首を取る気だろう」
王権を握るために肚を読み合い、相手を貶めようと火花を散らしていた。周りに優秀な臣下がいれば、それを潰すため、毒や奇襲で暗殺する。
そんな兄達と顔を合わせることが、彼はとても嫌だったそうだ。
「王族を羨む者は多いが、正直王族に生まれるものではないと思う。贅沢はできるが、人が信じられなくなる。身内ですら裏切りが発生するのだから」
そこは、とても醜く汚い世界だ。
「麒麟はこの国を守護する王族を見て、どう思っているのだろう? 私ならば見捨てたくなるよ」
ティエンは頭陀袋を枕にすると衣を腹に掛けて、手招きをする。
夜の森林はとても冷える。たき火に当たっていたユンジェは、そそくさと彼の隣に座り、頭陀袋を頭の位置に置いて衣にもぐった。
「天士ホウレイがお前を王座に就かせたくなる気持ちも、ちょっぴり分かるな。俺ならティエンがいいもん」
「私は王族には戻らないよ。家族に見捨てられた身だし、王座にも興味がない。贅沢なんて要らない。私の願いは、お前と静かに暮らしたい。それだけだ」
肩上まで衣を掛けてくれるティエンが、軽く体を叩いてきた、子ども扱いはやめろ、とムキになると、楽しげに笑ってくる。やめてくれないのだから、タチが悪い。
諦めて頭陀袋に頭を預ける。すぐに瞼が重たくなった。
「きっと国のどこかに、安心して暮らせる土地があるよ。ティエン、言ってたじゃん。この国に見込みがないなら、ぼう、ぼう……ぼ……」
「ふふっ、亡命な」
「それ。他国に亡命すればいいよ。遠くに行けば、誰もティエンが呪いの王子だなんて分からないさ。なんとかなるって」
「そうだな」
「きっと。だいじょうぶ」
「ああ」
「おれな。家を持ったら、今度は米を作ってみたいんだ。芋や豆もいいけど、米はどの作物よりも高く売れる。なにより、たくさん米が食べれる。藁だって自分で獲れるから」
その手の心地よさに瞼がおりていく。
おやすみ、と聞こえる声がひどく遠く思えたが、ユンジェは力を振り絞り、挨拶の代わりにうんっと頷いた。