黎明皇の懐剣

 あからさまに動揺を見せるユンジェに、女店主は熱を入れて、はやく兄に会うべきだと訴えた。

 曰く、竹簡には弟を見掛け次第、連絡を寄越すよう、場所が記されている。
 そこは町を守る傭兵が集っているところ。事前に話を通しているため、行けばきっと保護してもらえると女店主は言った。

「いま、息子に頼んで傭兵を呼んでもらうから。さあさ、奥の部屋に案内するよ」

 強引に腕を引かれ、店の奥に通された。

「あ、あの。おばちゃん」

「一刻も早く、お兄さんを安心させておやり」

 ティエンに視線を投げると、彼は小さく頷いた。
 息子と呼ばれた若い男の後に続き、颯爽と店の外に出る。

 その間にもユンジェは親切にしてくれる女店主に案内され、二階の部屋へ招かれる。そこは寝室のようであった。女主人か、息子の部屋なのだろう。

 少しだけ待っていてね、と言って部屋を出て行く女店主が、しっかりと外鍵を掛ける。それを確認すると、ユンジェは急いで窓を開け、地上を見下ろした。

 ティエンが周囲を警戒しながら、窓の下で待っている。
 右の手を挙げて合図を送る彼に頷くと、ユンジェは頭陀袋から布縄を取り出し、素早く柱に括りつけて窓へと放った。

「ユンジェ。こっちだ」

 縄を伝って地上に下り立ったユンジェは、ティエンと駆け足で家々の路地へ入る。
    
 日陰の路を突き進み、ひと気のない古井戸の前で息を整えた。ここなら少しの間、身を隠せるだろう。

「はあっ、はあっ……ったく、あの女店主。俺が尋ね人だと分かった途端、目の色を変えて閉じ込めやがって。何がお兄さんにはやく会うべきだ、だよ」

 二人は見抜いていた。
 女店主が報酬目的で、ユンジェに親切心を向けていたことを。

 竹簡には報酬有と記されていた。
 金を絡ませることで、少しでも早くユンジェ達の足取りを得ようとしているのだろう。いやらしいものだ。

「あいつら。俺を尋ね人にして動きを封じてきたな」

 よほど、ユンジェと商人の『世間話』に手を焼いているのだろう。この町を出たら、名前を出さないようにしなければ。出られたら、の話ではあるが。

「傭兵の利用、という点もやられたな」

 ティエンが苦い顔を作った。ユンジェは井戸の前に座り、手招きをする。

「カグム達は謀反兵だってばれているんだろう? なのに兵士の利用なんて、あいつらも危ないんじゃないか? あれって王族が関わっているお役だろう?」

 隣に腰を下ろし、彼が立てた膝に頬杖をつく。


「傭兵は雇われ兵。簡単に言うと、その土地で人を集めた兵なんだ。だから王族や国とは直接関わっていない。謀反兵の噂なんて知らないだろう。ユンジェ、地図を見てくれ」

    
 頭陀袋から地図を取り出したティエンは、紅州全体を指でなぞった。
 そこはユンジェ達がいる地だ。二人は今、この州を適当に歩き、追って来るホウレイの兵達から逃れようとしている。
 彼は織ノ町を指さし、その前に通った石切ノ町と、周辺の村や町を人差し指で叩いた。

「カグム達はユンジェの策に嵌り、手詰まりとなったはずだ。自分達も追われ兵。時間を要したくないはず」

 そこで石切ノ町を拠点として、近くの村や町に手当たり次第、竹簡を放つ。
 ユンジェとティエンは徒歩だ。どんなに急ごうが馬でも持たない限り、短時間で遠い土地にはいけない。野宿を続ければ、当然生活物資も足りなくなる。

 それに目を付けた兵達は予想を立て、あらかじめ寄るであろう町や村の候補を挙げた。
 石切ノ町を拠点にすることで、自分達がどこに立ち寄ろうと、馬で駆けつけられるよう計算されているとティエン。

「おおよそ、半日あれば馬で駆けつけられる。あいつらのことだ。傭兵にもあらかじめ、金を渡しているに違いない」

 今頃、傭兵は石切ノ町に向けて早馬を走らせているだろう。彼は顎に指を当て、小さく唸った。

    
< 74 / 275 >

この作品をシェア

pagetop