黎明皇の懐剣
町の出入り口は二か所。
そこへ足を運ぶと、各々見張りの傭兵が立っていた。仲間から連絡を受けたのだろう。町の外に出る人間の顔を凝視している。
織ノ町は外壁に囲まれている町だ。
出入り口以外からの脱出は、壁をのぼらない限り、不可能だ。縄を使う手もあるが、のぼり切るのにどれほど時間を要するか分からない。試すなら夜だろう。
「どれくらいの傭兵が、俺を探しているんだろう」
数が把握できれば、考える手も広がるのだが。
「あくまで傭兵は、町を守るために雇われた兵だ。ユンジェに回す兵は少ないだろう。相手は子ども。四、五人程度だと思う」
勿論、それは傭兵に限った話だ。
見えない間諜の存在が、なによりも脅威である。町人にまぎれているのか、ただの杞憂なのか、それすら分からない。考えれば考えるほど、神経がすり減りそうだ。
顔を隠して過ごすティエンは、いつもこんな気持ちを味わっているのだろうか。
「せめて、私達にも馬がいればな。お前を乗せて走ることができるんだが」
「ティエン、馬に乗れるの?」
「ああ。どっかの誰かさんが懇切丁寧に教えてくれたおかげでな。腹立たしい思い出だ」
ティエンの低い声に、ユンジェは冷汗を流す。カグムに教わったのか。
(傭兵だけでもなんとかできたらなぁ……)
いくら知恵を振り絞ったところで、数に勝るものはない。
こうなったら。
ユンジェはティエンに布紐を出すように告げた。自分も数本の布紐と、小袋、香辛料と塩を取り出すと、家屋の陰で作業を行う。
それが終わると、ユンジェはティエンに道具を渡し、出入り口に立つ見張りの傭兵に見つからないよう身をかがめた。
彼と目を合わせると、ひとり家屋の陰から移動した。
目指すは向かいの家屋の陰。
(ふう。どうにか、移動できた)
無事に成功したユンジェは、頭陀袋から再び小袋を取り出して、中に入っている火打ちをひっくり返す。
それらを頭陀袋に収めると、両手で砂をかき集めた。袋に入るだけ、砂を詰め込む。
「これでよし」
開け口を紐で結び、腰に下げておく。準備は整った。あとは。
「見つけた。こら、坊主。なんで逃げたりしたんだ」
夢中になって砂を集めていたせいか、背後に忍び寄る傭兵に気づけなかった。
ユンジェは頓狂な声を上げ、大慌てでその場から逃げる。しかし腕を掴まれ、それは叶わなくなった。
相手は大人の男で兵士。雇われだろうがなんだろうが、ユンジェより力がある。
「世話を焼かすなって。早馬を出した。夕方にはお前の兄さんが到着するだろうよ」
「お、俺には兄さんなんていないよ。爺が死んで、ずっと一人だったんだ。お願いだから放してよっ」
足を踏ん張って抵抗を見せるが、体格の良い傭兵はびくともしない。問答無用で連れて行かれるので、ユンジェは必死に腕を振った。
その際、向かい側の家の陰に潜むティエンの鋭い目と合ったので、軽く首を横に振っておく。