綾さんの恋日和
第一章
気配を殺したような忍び足で、ママが二階に上がって来る。
ちょっとヤバい兆候だ。

ママがその手の行動をとる時は、私にとって最悪のニュースを携えている場合が多い。

つい10分前(午前6時)に潜り込んだばかりのベッドの中で身体を反転し、ドアに背を向け、頭からバーバリー擬きチェック柄の綿毛布を、着ぐるみのようにスッポリと被り、完璧な寝たふりのポーズを作った。


ママは威圧的な気配を振り撒きながら、あくまでも控え目にドアをノックする。

取り敢えず、無視だ。


ノックのボリュームがちょっとアップしたと同時に、亜依、亜依子ちゃん、と甘えを含んだ不気味なファルセット声。
背筋辺りがゾクッとする。
私の名前は亜依なのに、下心がある時のママは必ず、子、を付ける。
それにどんな意味があると言うのか?。

無駄な努力と知りつつ、狸寝入りと言うささやかな抵抗を続行する。


「チッ!!」
強烈で、問答無用の舌打ちが、耳元で響き……飛び起きた。
朝日を背後に立つママの髪は、赤く燃えて見えた。
腰に両手を当てたその姿勢は、有無を言わせない、ってことか。
所詮、無断で高校中退し、体よく家事手伝いを自称しているプーには、ママからの指令を拒絶する権利など、はなっからないのだ。

私は心で小さく舌打ちした。
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