Heroine
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あの夏

 生暖かい風が吹いている。
 夏の匂い。
 空を見上げてみると、大きな入道雲。
 夏の青空。
 
(でも空のいろは島の空と比べたら全然違うなぁ……)
 
 信号待ちをしながらそんなことを考えていた、その時。
 
「里香ちゃん?」
 
 声をかけられ、振り向くと、ベビーカーを押した女性が立っていた。
 一瞬、「誰?」と言う声が自分の中で響いた。が、次の瞬間
 
「あぁ〜! もしかしてえみちゃん!?」
 
 私は思わず叫んでいた。
 
「うわ〜。久しぶり! 何? 今、東京に住んでるの?」
 
 えみちゃんが聞く。
 
「うん。進学で島から出て来てからずっとこっち。てか結婚したんだぁ!? 赤ちゃん、今何ヶ月?」

 私はベビーカーの中の女の子を覗き込んで聞いた。
 
「十ヶ月。私も母親になっちゃったよ」

「可愛い! 女の子だよね? 名前は?」

「美咲っていうの。おじさんやおばさんは元気?」

「元気だよ。仕事忙しくてあんまり帰郷できないけどね」

「そっかぁ。また会いたいなぁ。もうあれから十二年だっけ……」
 

 えみちゃんは十二年前の夏、沖縄にある私の実家の旅館でアルバイトをしていた。
 都会からやって来たひとつ年上のえみちゃんと私はすぐに仲良くなり、一ヶ月後、えみちゃんが帰る時には「また会おうね」と、二人して泣いた。
 

 あれからちょうど十二回目の夏。
 こんな都会の交差点で再会するなんて。
 すごい偶然。
 
「これ、私の名刺。これから会社に戻らなきゃいけないんだけど、また連絡ちょうだい。ゆっくり話そうよ」
 
 ――信号が変わる。
 
「わかった! また連絡するね。仕事頑張って!」
 
 横断歩道を渡りながらえみちゃんが手を振った。
 私たちはそれぞれ、反対方向へと歩き出す。
 

 十二年。そんなに経ったんだ。
 
 十五歳の夏休み。
 
 青い空と青い海。
 

 ふと振り返ってみると、ベビーカーを押しながら歩いて行く、えみちゃんの後ろ姿が見えた。
 

 今年の夏は帰ろう。
 
 あの海が見たい。
 


 生暖かい風が吹いている。
 
 夏の午後。
 
 私はまた前を向いて歩き始める。
 
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