私の上司はご近所さん

『園田さん。今日、仕事が終わってから俺とデートしてくれませんか?』

「デ、デート!?」

『はい』

唐突に飛び出したデートの誘いに驚き、つい大きな声をあげてしまった。周りを気にしつつ背中を丸めると、小声で返事をする。

「きょ、今日は職場の歓送迎会があって……」

金曜日の今日は、午後七時から駅前の居酒屋で広報部長の歓送迎会が予定されている。

『そうですか。歓送迎会があるなら仕方ないですね。デートはまた今度ということで』

「……」

山崎さんの声のトーンは仕事の話をしていた時とまったく同じ。どこまで本気なのか私にはわからない。

思わず黙り込むと、クスクスという笑い声が受話器越しに聞こえてきた。

『デートは冗談ですよ。園田さんをからかっただけだから安心してください』

「そ、そうですよね。冗談に決まっていますよね。アハハ……」

ウエーブがかかった長めの髪の毛と、薄く短く整えられた口ひげと顎ひげ。黒いジャケットにノーネクタイスタイル。出版社の編集長である山崎さんはオシャレな大人の男性という印象が強い。

それなのに私をからっておもしろがるなんて、なんだか意外……。

『では、これからもよろしくお願いします』

「あ、はい。こちらこそよろしくお願いします」

山崎さんの子供っぽい一面に驚きつつ、慌てて返事をすると通話が切れた。

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