私の上司はご近所さん
夏ショコラの発売とイベントを今週末に控え、忙しさもピークを迎えた週明けの月曜日。イベントのタイムスケジュールの確認に問い合わせ対応、プレスリリースの最終通知と各部署への連絡など、しなければならないことは山ほどある。そんな目が回りそうな中でも、やはりあのことだけは忘れてはならない。
広報部のオフォスを出て行く部長の後を急いで追う。
「部長!」
足を止めて振り向いた部長の顔に優しげな笑みが浮かぶ。彼の笑顔を目にした瞬間、トクンと鼓動が音を立てた。
「あれから変わったことはないか?」
部長が言う『あれから』とは、私が変質者の被害に遭ったときのことだ。
「はい。大丈夫です。この前はありがとうございました」
部長には、いくらお礼を言っても足りない。深々とお辞儀をすると改めてお礼を告げた。すると部長が私との距離を詰める。
「今日も一緒に帰るからそのつもりで」
上半身を屈めた部長が、私の耳もとでささやく。不意に耳に響いた部長の声は思った以上に甘くて、頬に熱が集まり始めた。
「は、はい。よろしくお願いします」
赤くなっている顔を隠すように、ペコリと頭を下げた。