私の上司はご近所さん
「部長、これからはもうひとりで帰れます。今まで本当にありがとうございました」
思いとは裏腹な言葉を口にすると、頭をペコリと下げた。
部長と肩を並べながら他愛もない会話を交わして家に帰る日々は、とても楽しかった。でも、それももう終わり。
これでいいんだ、これで……。
心の中で必死に自分を納得させていると、部長が思いもよらないことを言い出した。
「イベントが終わるまで一緒に帰るって約束したよな?」
「でも……」
「それとも園田さんは俺と一緒に帰るのが嫌なのか?」
イスに座っている部長に上目づかいで見つめられる。いつもは背が高い部長を見上げることが多いけれど、今日は立場が逆だ。
「嫌じゃないです!」
普段とは違うシチュエーションを前にして鼓動がトクンと跳ね上がる。その拍子に私の口から本音がポロリと飛び出してしまった。
「それなら約束通り一緒に帰ろう」
部長の顔に、再び優しげな笑みが浮かぶ。彼の美しい微笑みは、単純な私の思考回路を簡単に狂わせる。
部長に迷惑をかけてしまうから一緒に帰らない方がいい。そう悩んでいたことなど、一瞬のうちに消え去った。
「はい。ありがとうございます」
早く残業を終わらせよう。
部長と一緒に帰れることをうれしく思いながら、自分のデスクに戻った。