私の上司はご近所さん
Story・8
イベント当日
残業して部長と一緒に帰る。そんな一週間があっという間に過ぎて迎えたイベント当日の朝。家を出ると、矢野ベーカリーの前を掃除している翔ちゃんと出くわした。
「翔ちゃん。おはよう」
「はよ。今日は土曜日なのに仕事か?」
スーツ姿の私に気づいた翔ちゃんに尋ねられる。
「うん。今日は新商品のイベントなんだ」
「ふーん、そうか。あ、そうだ。ちょっと待ってろ」
翔ちゃんは手にしていた箒(ほうき)を私に突きつけると、矢野ベーカリーの店舗の中に入って行った。
「ほら、百花の好きなメロンパン。焼き立てだぞ」
ほどなくして店から出て来た翔ちゃんが、今度は白い袋を押しつけてくる。翔ちゃんに箒を返すと、受け取った袋の中身を見た。
袋の中にはほんのりと焼き色がついたメロンパンとチーズロールパンが入っている。まだ温かくてふんわりと柔らかそうなメロンパンを見たら、朝食を取ってきたにもかかわらず、今すぐかぶりつきたい衝動に駆られた。でも、今は我慢、我慢。
「翔ちゃん、ありがとう! お昼に食べるね」
「ああ」
一応、お昼休憩の時間を設けてはいるものの、タイムスケジュール通りにイベントが進行するとは限らない。時間をかけずに気軽にサクッと食べられるパンがあれば心強い。
袋の中のパンを見てホクホクしていると、翔ちゃんの手が頭の上にのった。