私の上司はご近所さん
思わず山崎さんを呼び止めてしまったけれど、どのように話を切り出せばいいのかわからない。頭を悩ませていると、山崎さんの顔にフッとした優しい笑みが浮かんだ。
「俺は公私混同しないから安心してください。ゲラが完成したら連絡します」
山崎さんは、私の言いたいことをすぐに察してくれた。大人で聡明な山崎さんに頭が上がらない。
「ありがとうございます」
ただ頭を下げることしかできない私の前を、山崎さんが通り過ぎて行った。
山崎さんを傷つけてしまったことが心苦しい。でも私が好きなのは山崎さんではない。
これでよかったんだ。これで……。
何度も自分に言い聞かせながら直営店の角を曲がる。すると、そこには思いがけない人物の姿があった。
「どうして……」
まさか部長がその場にいるとは思ってもみなかった私は、驚きで固まる。
「ごめん。山崎さんについて行く園田さんの姿が見えたから心配になって……それで後を追ってしまったんだ」
部長が歯切れ悪く言う。
この前は変質者に遭ってしまったし、今朝は翔ちゃんとケンカをしてしまった。部長に心配ばかりかけてしまっている現状が情けない。
「部長、山崎さんとの話……聞こえましたか?」
それでも気になること尋ねると、部長が頭を下げた。
「立ち聞きするつもりはなかったんだ。本当にごめん」
「あ、いいんです。部長、頭を上げてください」
上司に頭を下げられるのは気まずい。慌てて部長の動きを制した。