私の上司はご近所さん
「書庫から変な声が聞こえるんです」
もどかしさを感じつつ書庫の様子を遠回しに伝えると、部長の瞳が丸くなった。
「まさかその年で幽霊を信じているのか?」
「違います!」
ホラー映画を観たその日の夜は、トイレに行くのがちょっぴり怖かったりはする。けれど日中の会社で幽霊が出るとは、さすがに思わない。
とんでもない勘違いをした部長に、これ以上回りくどい言い方をしても時間の無駄かもしれない。
覚悟を決めると口を開く。
「書庫で……シテるんです」
「シテる? なにを?」
「……エッチなことを」
ストレートな言葉を口にすると、顔に熱が集まり始めた。真っ赤になっているはずの頬に手をあてる。
「なるほど。そういうことか」
書庫でなにが行われているかようやく理解してくれた部長は廊下を大股で進むと、勢いよくドアを開けた。
「五分したらまた来る。それまでここから出て行くように」
部長は書庫にいる社員に聞こえるように大きな声を張りあげるとドアを閉めて、エレベーターとは真逆の方向に歩き出した。
「園田さん、こっちだ」
「あ、はい」
廊下を進む部長の後を追う。
「しかし書庫でイチャつくとは、あきれてものも言えないな」
「そうですね」
その通りだと思っても、私は書庫にいたふたりを注意することはできなかった。毅然とした態度を示した部長はやはり頼りになると思ってしまう。
「ここなら鉢合わせすることないだろう」
「はい」
部長は角を曲がった先で足を止めると、壁にもたれかかった。