私の上司はご近所さん
あわあわしながら床に散乱させてしまった書類を拾っていると、私の前に部長が屈み込んだ。
「様子を見に来て正解だったな」
この八階に部長が現れたのは、私と同じように書庫に用事があるからだと思っていた。けれど部長の言葉を聞く限り、どうやらそうではないらしい。
「もしかして部長は、私を心配して書庫に来てくれたんですか?」
部長がポツリとつぶやいた言葉の真意が知りたくて、思い切って尋ねてみる。
「ん? まあな。俺の部下にそそっかしい奴がひとりいるからな」
書類を拾い始めた部長の口角が、わずかに上がっているのが見えた。
「それって私のことですか?」
「もちろん、そうだ」
部長は書類を拾っていた手を止めると、クスクスと笑って私の額を軽く小突いた。部長に触れられた箇所がほのかに火照る感じがして恥ずかしい。
「部長。ありがとうございます」
「ああ」
忙しい中、私を心配してくれた部長の気遣いをうれしく思いながら、ちょっぴり意地悪な彼にお礼を言った。
予期せぬハプニングに見舞われたものの、部長のお蔭で無事作業を終えることができた。
「戻りました」
書庫から戻ると主任に声をかける。
「ご苦労様」
広報部に残っているのは主任ひとり。ほかのメンバーはすでに退社したようだ。
主任は席を立つと、バッグを肩にかける。
「藤岡くん、キャビネットの施錠は終わってるから」
「そうか。ありがとう」
「いいえ。それじゃあ、私はこれで」
「ああ、お疲れさま」
部長と主任が挨拶を交わす。
「園田さん、お先に」
「はい。お疲れさまでした」
主任は私にニコリと微笑むと、広報部から颯爽と姿を消した。