私の上司はご近所さん
無事、さつき台駅にたどり着くと、会社を出たときと同じように部長の傘に入って足を進める。
「しかし、よく降るな」
私の隣で、部長がため息交じりにつぶやいた。札幌支社勤務だった部長にとって、東京の梅雨は初めての経験だ。
「そういえば、北海道に梅雨がないって本当ですか?」
「ああ、本当だ。湿度が高い東京の梅雨は過ごしづらくて困る」
部長は眉をハの字にすると苦笑した。
東京で生まれ育った私でさえ、ジメジメした気候が続く梅雨は苦手。でも今日は雨が降ったお蔭で、思いがけず部長と相合傘ができた。
「梅雨も悪くないですよ」
小さな声で自分の都合のいいことを言ってみる。
「ん? なんか言ったか?」
「いいえ、なにも。そっか。北海道は梅雨がないんですね。いいなぁ。いつか北海道に行ってみたいな」
今まで北海道には一度も行ったことがない。
ジンギスカンにラーメン、カニにいくら。おいしそうな北海道の名産品をお腹いっぱい食べてみたい。
そんな食いしん坊なことを考えていると、まさかの言葉が耳に届いた。
「一緒に行くか?」
「えっ?」
「俺が案内してやる」
どこまでも広がる青い空、果てしなく続く地平線。部長と一緒に北海道の大地に降り立つ自分の姿を想像しただけで、胸がワクワクと躍り出す。
しかし自分の故郷に興味を持たれれば、誰だって悪い気にはならない。私以外の人物が『北海道に行ってみたい』と言えば、部長は同じように『案内する』と言うだろう。
だから、これは社交辞令。
「そのときはよろしくお願いします」
「ああ。任せてくれ」