私の上司はご近所さん
部長の言葉を本気にしないようにと、心の中で自分に言い聞かせた。
そうこうしていると、あっという間に自宅にたどり着く。
「部長、今日は本当にありがとうございました」
傘から出て自宅である食堂の軒下に移動すると、部長にお礼を告げた。
さつき通り商店街がもっと大きな商店街で、通りも先が見えないくらい長かったら、部長とまだまだ話ができたのに……。
もっと部長と一緒にいたいという気持ちが、胸の中で大きく膨らんでいく。
そうだ。夜ご飯をウチで食べて行ってもらえば、まだ部長と一緒にいられる。
そう思い立ち、部長を誘おうとした。けれど私より早く部長が口を開く。
「矢野くんとは……」
部長はなにかを言いかけたものの、すぐに黙り込んでしまった。こんな風に部長が言いよどむのは珍しい。
「はい?」
「いや。なんでもない。それじゃあ、おやすみ」
「あ、はい。おやすみなさい」
部長はニコリと微笑むと、自宅マンションに向かって歩き出した。
結局、食事に誘えなかったな……。
降り続く雨の中、部長の後ろ姿を見送る。
部長と距離ができれば、好きだという気持ちも徐々に薄れていくと思っていた。でも部長を好きだという思いは簡単に消え去らないという事実に今、気づいた。
部長が愛しているのは、いったいどんな女性なの? 年は? 背の高さは? 髪の毛の長さは? 彼女といつ結婚するの?
ぼんやりと部長の彼女について考えていると雨粒が鼻先にあたり、ハッと我に返る。
永遠に報われることのない片思いがつらくて、ズキリと痛んだ胸に手をあてた。